急がば回れ。…回りたくない時もある。

□○○なあの子の話
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ノエルにはしっかり謝って、春海ちゃんにはちゃんと言っておいた。
あれは付け髭じゃないの。そういう事なの。

なんて子供に大人の事情を言い聞かせるような感じで。
そもそも春海ちゃんが彼を本物だと思っているのかどうかは定かじゃない。


それでもにこにこと変わらず笑っているから、やっぱり彼女に悪意と言う言葉は似合わない。


「フランシスにも似合いそうだったね」

「そうかな?」


ドクダミ茶を飲み干した彼女は笑みを深くする。
それはつまり俺にあの髭を付けろと言う事かと聞けば、春海ちゃんは首を振った。

そして何故か子供にするように俺の頭を撫でながら、言葉を続けるのだ。


「だってフランシスもノエルも、私に幸せを運んでくれたでしょ?」


ブーケとキャンディを両手に持って、彼女は自慢げに言う。

幸せだと思ってくれたのか。
そう思ったら、自分の中で何かが弾けたような気がした。ならもっと、もっともっと彼女を幸せにするのは、ノエルじゃなくて。


「俺が春海ちゃんをもっと幸せにするから」

「ん?」


指輪も計画もなにもなかった。
ただ彼女だけを見て。言葉が口から飛び出すようだった。


「俺と結婚してください」

ぎゅうと手を握って、彼女の返事を待つ。
外の明かりにおぼろげに照らされた彼女は、目を見開いてそのままだ。

伝われ、伝われ、もう念じる事しかできない自分が情けなくて。
それと同時にここまで必死な自分にも驚いた。


「……春海ちゃん?」


もしかしたら聞こえて居ないんじゃないか。
返事すらない彼女が心配になって、確認するように声をかける。


声をかけてから三秒後、やっと彼女があ、と小さく声を出してくれた。

これでありがとうどころか聞いてなかっただったらどうしよう。
ああ、そもそもなんでこんな所で。冷静になり始めた自分がため息を吐いた。



にぃ。
彼女の口角があがる。

……あれ? こんな風に笑う子だったっけ?


「やっとだね」

「……え?」


帰ってきた言葉は、ありがとうでも聞いてなかったでもなく。
意地悪そうに笑った彼女からの、やっとと言う言葉。

ええとえっと、春海ちゃんは春海ちゃんで間違いない。


今度は俺の方が状況の空気を掴めなくて唖然としてしまう。


「待たせすぎじゃない?」

「春海ちゃん、だよね」


むと春海ちゃんの顔で、春海の声で反応された。

たしかに間違いなく、春海ちゃんだ。ええと、これってなんのどっきり?
それともいつもの天然ってやつだよね。なんて馬鹿馬鹿しいことを訊ねようとした口が、彼女の桃色の唇でふさがれた。




》あとがき
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