急がば回れ。…回りたくない時もある。
□鏡越しの
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俺と結婚してくれないか。
そう言ったアーサーの顔は、今まで見たことの無いくらいいっぱいいっぱいで。
もしかしてドッキリじゃないかと思ったのも、しゅるしゅると小さくなった。
夜景をバックにしたアーサーの、固唾を飲み込んだ音が聞こえるくらい静かな時だった。
朝。寝起きで働かない頭で、日課の携帯電話チェック。
今日の天気はすこぶる快晴。窓から差し込む光を画面が反射していた。
天気予報を見る前に、画面に並ぶ不在着信。
そこには上司からの二つに混じった、愛しい恋人の名前が。
混じったと言うよりは、並んだアーサーの文字に上司の名前がちょびっと入り込んだような。
ともかく数十件を越すアーサーからの不在着信があって、眠さに負けそうだった私が一気に覚醒する。
何の嫌がらせかわからなかった。
まず上司の電話に返信しなければと連絡画面を開いて、数分会話して終わる。仕事の締め切りを狭められた。
憂鬱な気分になりながら電話を切ると、不在着信がさらに増えている。
や、やだ怖い。
どうしようかと迷ってるうちに、また電話がきた。おおふ、出ないわけにはいかない。
さっき通話中だとバレているはずだから、寝ていたと言い訳が効かないからである。
寝起きのからからの喉を意味もなく整えて、電話に応答した。
「もしもし、なした?」
最近買い換えたばかりの日本製スマートフォンに耳を当て、声が聞こえて来るのを待つ。
散々電話してきていたし、もしかしたら怒っているかもと冷や冷やしながら。
聞こえてきた声は、思ったより優しくて怒ってはいないようだったけど。
今お前の家の前に居る。というメリーさん的メッセージに頭がはげるかと思った。
「え、ま、嘘でしょう?」
「俺は嘘はつかない」
ぎゃあああ。思わず叫んだ声が向こうのスピーカーを通して私のスピーカーからも聞こえてきた。
もうそれどころじゃなくて、落とさないようにとあれほど気をつけていたスマートフォンを投げ出してベッドから出る。
洗面所に向かい鏡を見れば、今日は一段と激しい寝癖。
これはすぐ直せるはずがない。まず着替えてないしブラジャーもしてない。
最悪の展開に絶望していた私に、家に鳴り響くチャイムがとどめを刺した。