急がば回れ。…回りたくない時もある。

□鏡越しの
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やっと到着した日本は夕方だった。時差にくらりとするが、慣れることを祈ろう。

やけににやにやするフランシスに手を振って、私たちは日本の町並みをタクシーの窓から眺めていた。
憧れていた日本は想像とは違って、ずっと見ていたいぐらい物珍しい事ばかり。


偶にアーサーを見れば、楽しいかと小首を傾げる。
もしかして彼は私が日本に来たがっていたのを知って居たのだろうか。


アーサーには言った事が無かったけど、勘の良い彼だからこそわかってたのかもしれない。
まさか耀がアーサーに言うとも思えないし、そこを考えてもしようがない。
たのしまにゃ損損って奴だ。

タクシーの後部座席でアーサーの手を握れば、指を絡め返された。
いつもなら当たり前になっていたそんな事も心が震えるほど幸せで、私はアーサーににへり笑いかける。


今日、最高の一日になる予感がする。


そんな私の予感通り、タクシーを降りてからも楽しい事ばかりだった。
観光地を見て、お土産を見て、日本人にはしゃいだりして。


いつも歩かない距離を歩きいつもよりずっと体力を使った気がした。


なぜかお土産屋さんでは耀が居て、私が気になって居たものをさりげなくアーサーに買わせていて。
気付かないようにしていたのだろうけど、うっかり気付いちゃったのだから仕方がない。

それから見晴らしの良い坂の上にはアルフレッドが居て、丁度彼が持っていたカメラで写真をとってもらった。
その隣ではブラギンスキがにこにこと笑いながら春海ちゃんもっと笑いなよとか言うもんだから、私はすっかり彼らがここにいる理由を聞き損ねてしまった。

そんな、不思議な事もあったりしたけど。


「疲れてないか、無理すんなよ」

「大丈夫!」


アーサーだって少し疲れた様な顔してるくせに、何言ってんだか。
大丈夫と答えた私だってはしゃぎすぎて疲れてきていた。

短くなった日も暮れかけていて、時差やらなんやらでなにがなんだかわからない。
ただお腹は減っているので訴えれば、アーサーも同じだったのかまたタクシーに乗ることになった。


「なんかそわそわしてない?」

「し、してねえよ」


夜になり始めた日本は木々に巻き付けられた照明がロマンチック。
うっとりとそれを眺めていたら、アーサーが寝てるのと勘違いして私の頭を撫でた。

窓ガラスが鏡になって見えたアーサーは、とても優しい顔をしている。


連れて行かれた先は大きなホテルだった。
名高い所なのだろう、高そうな車が来ては高そうなコートに身を包んだ人が中に入っていく。

圧倒されながら見ていたら、アーサーが行くぞと手を引いた。待ってまだ心の準備が。


首振る私を気に留めず、アーサーはロビーを進んでいく。お前は平気かも知れないけど、私はそうじゃないんだぞ。頼む待って。
彼がすれ違うボーイさんに軽く手を挙げれば、相手が恭しく礼を返した。おおお、な、なれてらっしゃるだと。


泊まるわけでは無いらしいのでフロントは通り過ぎて、私たちはエレベーターに乗り込む。
緊張でガチガチになってるのに気付いたアーサーが、肩を震わせ笑っていた。


「今更畏まる仲じゃないだろ?」

「うっせばーか」


そもそもこんなところに思いつきで入れる訳がない。
いくらアーサーがお金持ちだからって顔パスだとか金に物を言わせたりだとかじゃないだろう。多分奴は計画している。

そこまで考えて、もしや今日一日彼の思い通りに事が進んでいたらなんて仮説が浮かんだ。
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