急がば回れ。…回りたくない時もある。

□鏡越しの
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浮かんだ仮説にまさかそんなと笑った所で、エレベーターの扉が開く。
目の前に飛び込んできたのは、奥の大きな窓ガラスが特徴的なレストラン。

一歩引いてしまうほど圧倒されているのに、やはりアーサーが私を引っ張って。


「いらっしゃいませ」

「菊、頼むぞ」


まさか、そんな。アーサーの陰からひょっこり顔を出したのは、私が尊敬する菊さんだったのだ。
そこでまずひゃああと叫びそうになる。

なにやら楽しそうに話す二人を、私は雄叫びそうな口を必死に押さえ聞いていた。
なのに、菊さんの口から今日は腕を奮うと言葉が飛び出したもんだから。


「ふおおおふぅ!」

「春海落ち着いてくれ」


思わず声も漏れた。

デコピンされた額を押さえながら中に案内される。菊さんの日本食かぁ……!
窓際の良い席に座れば、アーサーの後ろに夜景が広がっていた。


出された日本料理も堪らなくおいしくて、幸せってこういう事だと思った。
夜景に、和食に、アーサー。なんてすてきな一日。


「春海、これやるよ」

「わ、ありがとう」


さっき私が欲しがっていたあれも渡されて、にへりアーサーと笑い合う。


ふと、彼の表情が変わる。
上質な日本酒を口に含んで、彼は何か小さな箱を取り出した。

え、思わずカップを落としそうになって。


「もう一つ受け取ってくれないか」

「あ……」


そんなまさか。

そんな信じられないと思う前に、その箱が開けられる。濃い紺のそれの中には、ダイヤが輝くシルバーリング。
アーサーが真剣な声で言葉を紡いだ。

思わず嘘だと小さく呟く。


「俺は嘘はつかない」


目の奥がつんとして、どうすればいいかわからなくなる。泣いてしまいそうだと顔を上げると、アーサーの背後に目が付いた。

そこには夜景が見える窓ガラス。
外が暗いからか鏡になって、泣きそうな顔をした私の顔が見えた。


そのさらに後ろに、こちらを見ている人影がある。
目を凝らせばすぐにわかったその五人。涙より先に笑いが零れた。


ああ、なんだそういう事だったのか。
心配そうな顔をしているアーサーに向かって、私は大きく手を伸ばし引き寄せた。


「喜んで」


彼にだけ聞こえる様にそう言うと、アーサーが泣いた。




》あとがき
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