急がば回れ。…回りたくない時もある。

□月が綺麗ですね
2ページ/5ページ



ルートが入った喫茶店は、焦げ茶色した木が私たちを囲むお洒落な所だった。
片隅には山吹色の光を出すランプが置いてあったり、手作りらしいくまのぬいぐるみが飾られている。

さっきも言ったが、ここは日本だ。
彼はドイツに住んでいるのに、どうしてこんな隠れ家のような場所を見つけられたんだろう。


優しい明かりに包まれる店の中。しっとりとしたミュージック。
店の端には小さな雑貨が並べられて、もしかしなくても販売までしているようだった。

見れば見るほど、ルートが好きそうだ。


「そこ、躓くぞ」

「わ、ありがとう」


明かりが柔らかいと言うことは同時に薄暗くもあって、すぐ前に迫る段差に慌てて足をあげる。

どこか慣れたようなルートに席に案内されて、木のイスに腰をおろした。
こういう所は好きだけど、通ったりとかいうのに繋がらないからそわそわしてしまう。ルートが落ち着いているのに、なにをやっているんだ私は。


何にしろさっきから慣れないヒールで足が痛かったから、座れたことがすごくありがたかった。
いつものように向かえに座ったルートにばれないように足をさする。


「なにが良い?」


差し出されたメニュー表をのぞき込む。ずらりと並んだパフェやコーヒーの名前は見ているだけでおいしそう。
なんでこんなに良いお店をルートが知っているんだ。こっそり盗み見ればもしかしたら発見センサーでも出ているのかもしれない。


なんてことを考えながら、私はメニューに悩むフリをする。


「おすすめはベリーワッフルだ」


そう言ってメニュー表のワッフルの文字をつついたルートの指。
じっとその力強そうな指先を見てから、顔を上げて彼の表情を見る。

優しそうに笑った顔が見えて、思わず顔から火が出るかと思った。
ああ、私こんなにもルートが好きだ。


「じゃ、じゃあ私、それにするね!」

「わかった」


自分でも両手を投げ出して呆れるほど不器用な返事をして、私は立ち上がる。
上擦った声でトイレとだけ告げて、ヒールで音を出しながらそっちへ駆けた。
胸の内側からなにかが力強く叩いている。


ヒールの音より、よっぽどうるさい。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ