急がば回れ。…回りたくない時もある。
□月が綺麗ですね
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ルートが入った喫茶店は、焦げ茶色した木が私たちを囲むお洒落な所だった。
片隅には山吹色の光を出すランプが置いてあったり、手作りらしいくまのぬいぐるみが飾られている。
さっきも言ったが、ここは日本だ。
彼はドイツに住んでいるのに、どうしてこんな隠れ家のような場所を見つけられたんだろう。
優しい明かりに包まれる店の中。しっとりとしたミュージック。
店の端には小さな雑貨が並べられて、もしかしなくても販売までしているようだった。
見れば見るほど、ルートが好きそうだ。
「そこ、躓くぞ」
「わ、ありがとう」
明かりが柔らかいと言うことは同時に薄暗くもあって、すぐ前に迫る段差に慌てて足をあげる。
どこか慣れたようなルートに席に案内されて、木のイスに腰をおろした。
こういう所は好きだけど、通ったりとかいうのに繋がらないからそわそわしてしまう。ルートが落ち着いているのに、なにをやっているんだ私は。
何にしろさっきから慣れないヒールで足が痛かったから、座れたことがすごくありがたかった。
いつものように向かえに座ったルートにばれないように足をさする。
「なにが良い?」
差し出されたメニュー表をのぞき込む。ずらりと並んだパフェやコーヒーの名前は見ているだけでおいしそう。
なんでこんなに良いお店をルートが知っているんだ。こっそり盗み見ればもしかしたら発見センサーでも出ているのかもしれない。
なんてことを考えながら、私はメニューに悩むフリをする。
「おすすめはベリーワッフルだ」
そう言ってメニュー表のワッフルの文字をつついたルートの指。
じっとその力強そうな指先を見てから、顔を上げて彼の表情を見る。
優しそうに笑った顔が見えて、思わず顔から火が出るかと思った。
ああ、私こんなにもルートが好きだ。
「じゃ、じゃあ私、それにするね!」
「わかった」
自分でも両手を投げ出して呆れるほど不器用な返事をして、私は立ち上がる。
上擦った声でトイレとだけ告げて、ヒールで音を出しながらそっちへ駆けた。
胸の内側からなにかが力強く叩いている。
ヒールの音より、よっぽどうるさい。