急がば回れ。…回りたくない時もある。
□月が綺麗ですね
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私は何をしているんだ。
鏡の中でしかめっ面をしている彼女に聞く。
その子もなかなかのしかめっ面具合。よく見れば髪の毛も跳ね始めているし、化粧も少しばかり崩れていた。
おま、さっきまでこんな調子でルートの前に居たのか。
信じられないと小さくつぶやくと、鏡の彼女も同じようにしていた。
髪を櫛で整えて軽く化粧を直してから、もう一度鏡の彼女とアイコンタクトを交わして扉を開ける。
頑張れよ。あんたもね。
「わ、」
少し歩く前に、並べられた和雑貨が私を引き留めた。ヒールを鳴らして立ち止まり、感嘆の息を漏らしながらそれらを眺める。
縮緬のがま口ポーチ。金魚柄のハンカチ。それに雪洞が付いた髪留め。
どれも非常に可愛らしくて、思わず一個一個手に取ってしまう。まるでそこだけ別世界の様だ。
手の中でぐるりポーチを回したとき、また一つ次の雑貨が目に留まる。
しゃんとしていた。
縮緬や染め物などで色鮮やかだった棚の上に、存在感を醸し出すそれ。色鮮やかであるわけではないのに。
木で彫られた櫛がそこにあった。
半月のような形をした、木製の櫛。収まるサイズの箱の隣に並べられている。
「可愛い……!」
可愛いと言うか、綺麗というか。丹念に彫られた柄が魅力的だった。
そっと壊れないかなんて気を使いながら指先で持ち上げる。
木製独特の年輪の跡がまた味があって。見れば見るほど心の片隅が買おうかなと財布を持ち出した。
いやいやいや。ルートに買ったプレゼントで、今月はきりきり舞いなんだから。
「それがほしいのか?」
ちらりとだけでもと手を伸ばした値札が急に動く。
聞こえた声は大好きな安心する声で。私はヒールをならしながら体の向きを変えた。
すぐとなりに値札と櫛の箱を持ったルートが居る。
そんないつの間にとさっき自分たちが座っていた席に目を移して。戻す。
やっぱりルートは一人しか居ない。
トイレの中で必死に納めたはずの心臓が、またけたましく騒ぎ始めた。