急がば回れ。…回りたくない時もある。

□来世への誓い
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こんにちは。やはり数を教えて下さる貴方に思わず笑ってしまいました。
相も変わらずとても律儀なままですね。私がどんどん変わってしまうのに対して、貴方が変わらないで居てくださるのは心が落ち着きます。
どうかいつまでもそのままで居て欲しい物です。


お写真、是非頂きたいと申し上げたい所ですが、止しておきますね。

物は天国に持っていけませんので。
私が頂いて見るのも良いですが、一緒に焼かれてしまうのは見るに耐えません。
と言っても、その時私が見る事は無いのでしょうけど。写真は貴方が大切に持っていて下さい。

私は、貴方の隣でそこに立っているのを想像できるだけで充分です。
それに、想像なら自由になんでもできるでしょう? もう満足に動かない体でも、日本の庭を駆け回ることができるじゃ在りませんか。


幼なじみも、悪い人では無いのです。彼に傷付けられた事は一度もありません。
とても優しい人なのは、私が生まれた時から知っているのです。
だから心配しなくても大丈夫。長年の付き合いのせいか、彼の言いたいこともちゃんとわかるのです。

彼ほど良い男性もなかなか居ないぐらいなのですよ。


貴方がそう仰るので気になってしまい、早速看護婦さんに貴方の容姿をお聞きしました。
やはり男性なんですね。思い描いていた貴方と大差がなくて、勝手ですがやっぱりと言う思いが勝ってしまいました。
きっととても優しい瞳をしているのでしょう。目を閉じれば、くしゃくしゃな私の手紙を笑いながら読む貴方が浮かびます。

手紙を止めたいわけでは無いのです。ただ、私の想像ではない貴方の笑顔を見たいのです。
何度言われてもやはり、貴方のお姿を見てお話したいと願う私はわがままでしょうか?

貴方をお



やめよう。ぽたり落ちた水滴を見て使い古した万年筆を手放した。
何枚目かわからない紙くずを手で丸め、いっぱいになったごみ箱に入れる。

私の中で溢れてしまった言葉のように、それもまたごみ箱に入らずこぼれて落ちた。
もう入りきらない。捨てるしかない。


辛かった。苦しかった。
目尻からあふれた滴が、重力に従ってそのまま枕へと沈んでいく。

堅い入院服の袖でそれの残りを拭いて、もう一度体を起こした。
一度投げ出した筆を取り直して、新しく便箋を用意する。


言葉がうまく見つからなかった。さっきまでは溢れる程だったのに。
震える手で必死に言葉を探る。時間ばかり過ぎていく。

もう一生書けないんじゃないだろうか。
ぎゅっと握った筆を、深く考えずに、彼へ向けたい言葉を浮かべた。


「アーサー」


好き。
手と口が、同じ言葉を選んだ。
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