急がば回れ。…回りたくない時もある。

□来世への誓い
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部屋に音が落ちる。
堅い物を堅い物で叩くそれは、病院のドアを手の節で叩く音だ。

突然のノックに、笑えるほど掠れた声で返事をする。
重たいドアが、ゆっくりと開いた。


「春海、悪い」

「アー、サ?」


嘘。だってそんなまさか。
来るはずが無い。

状況がわからない。
小さなブーケを持って今ベッドの近くに立つのは、私の幼なじみだ。
ペンが太股の上に落ちる感覚は、現実だ。


「どうして」

「ひ、暇ができたんだよ」


ああ。アーサーだ。
目を逸らしながら顔を赤らめる姿は間違いない。

私が入院してから、今まで来なかったのに。


「本当の事を言いに来たんだ」


ブーケを丁寧に花瓶へと差し替えながら、彼は前と変わらず会話を始めた。
やっぱり、彼は変わらない。

花瓶に水を入れてきたアーサーのモスグリーンの瞳と目が合う。


「痩せたな」


涙の跡には気付いているのだろうか。


「アーサーは相変わらずね」


変わらなくて安心するよ。そう言えば、お前だって変わらねえよと笑った。
花瓶を置いた彼は、すぐそばの椅子に座る。
今まで誰も座らなかったそこ。

初めて見たその光景は、とてもじゃないが彼に似合わなくて笑った。


「笑えるぐらい元気じゃねぇか」

「そうかな」


でも死ぬよ。私が笑った途端、アーサーの笑顔が消える。
座り直して、後頭部を乱暴にかいた。多分、なにか言いたいことがあるのだろう。本当に彼は変わらない。

ねぇ、本当の事ってなに。いつまでたっても言い出さない彼に、催促する。


「手紙、書いてるだろ」

「うん。書いてる」


ああ、その事か。さっきまたぐしゃぐしゃにした一枚を思い出しながら、細くなった手を伸ばした。
アーサーの暖かい頬にふれる。


「今日、書けなかったの」

「……知ってた、のか」


枯れ木みたいな私の手の上に、彼の骨ばった厚い手が被せられる。
知らないわけないか。アーサーがやっと笑った。

暖かい滴が私の手にしみる。
笑いながら泣くなんて、変だ。


「俺はお前と老いて死ぬことはできない」

「うん」

「けど、お前の死を見届ける事はできる」

「頼むよ」


そこまで言って、アーサーがポロポロ涙を流し始める。
相変わらず、泣き虫だ。

世界で一番愛してる。
私の薬指にアーサーの涙がはめられた。




》あとがき
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