急がば回れ。…回りたくない時もある。

□朝焼け流れ星
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こんな寒いのに、春海は平気な顔をしてベンチに座っている。
もしかして彼女はすでに幽霊で、感覚なんてないんじゃないかと思わせるぐらい。へっちゃらそうに見えた。

幽霊だったならどんなにいいだろうか。考えて、やめた。


「第一、お前結婚なんてできないだろ」


空に向かって唾吐くように言う。
それは当然重力に従い俺様の方に向かって落ちるのだろう。なんてバカらしいんだ。


できるもん。
氷のように冷えた言葉が春海から出た。

もういっそ、唾だけじゃなく全身に水を被せてくれたって良かったのに。
彼女はいつでも、俺を揺らすような言葉を選ぶ。

風に揺らされるヤドリギの様に。俺は頼りない木の葉で、彼女は力強い風だった。


「春海の親父らはなんて言ってんだよ」


俺様とお前が結婚できるわけないだろ。いい加減気付けよ。

はぁとまた吐き出した息に思いを乗せて、春海に届くよう念じる。
届け。受け取れよ。ばか。

星がちかりまた増えた。
もう夜だ。


「なんて言ってると思う?」

「知らねーから聞いてんだろ」


なぁ止めろって。それ以上追い詰めてどうするんだよ。
冷たい頬に、目尻から出た星屑が当たる。なんて暖かい。

さっき光った力強い星の隣に、優しい光の星が寄り添っていた。
まるで夫婦みてぇだ。


「なんて言ってるんだろうね」

「聞いてみろよ」


俺がそう言うと、彼女はようやく重たい腰を上げて空に手を伸ばす。
冬の空はどれだけ手を伸ばしても、どんなに高い所に登っても届きそうにない。

春海が手を伸ばすあの空の中に、彼女も、あいつも、いるのだろうか。
それとも、星は消えて彼女になったのだろうか。

胸の下がきゅうと痛む。手足が痺れてしまいそうだった。


「いかったらいいの?」

「だめだ」


うそつき。星が混じった空色がこっちを見る。
へにゃり笑った顔なのに、目がには大粒の水がたまっていた。
また胸の下が千切れそうな程痛む。

昼間に浮かぶ星が愛しくてかなしくて、俺様としたことが思わず、抱きしめた。

俺の手は、届いているだろうか。どうすれば、受け取ってもらえるのだろうか。


「どうして駄目なの?」


腕の中から声が聞こえる。
聞こえないふりをしてその目を胸に押し付け、俺様は目から流れた星を拭った。

夕日に流れ星なんて、だっせぇ。
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