急がば回れ。…回りたくない時もある。

□朝焼け流れ星
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例えば、もしも。


気温が凍らせたきらきら光る息に乗せて、俺様はまた話を切り出した。
頬を横断していた涙は、お互い止まっている。心のなかでは土砂降りにでもなっていそうな最悪の気分だったけれど。

俺様の顔のすぐ下では春海が期待を込めたような目でこっちを見てて。それに気付いた俺を察した彼女はすぐに顔を引き締めた。


もう、サンタかなにかがこいつを連れていってくれたらいいのに。トナカイがひく雪車にでも、夢がつまった袋にでも。
どうして期待させることはできて、それに応えることはできないのか。俺様は袋なんか持ってなくて。


「もしも俺たちが結婚とかしたとしてよ」


ヤドリギが揺れるのを止めた。

とたんに風の音すらしない静かな夜になる。
嫌味みたいだと思った。わざわざ雨も雪も降らずに、まるで世界が二人だけを囲んでいるみたいで。

恵まれた空間である筈なのに、俺たちにそれを楽しむ術もなにもなくて。
囲まれた空間に潰されそうだ。


恨めしい。全部が全部、悟ったようなこいつも変わらない石のベンチも揺れないヤドリギも巡る夏も冬も朝も夜も。
なにより、俺様自身の全てが一番恨めしい。


腕の中のちっこい体が、寒さかなにか、小さく揺れる。


小さく収まる春海はうさちゃんみてぇで。
このままぎゅっと力を入れてしまえば彼女は簡単に死んでしまいそうで。それこそうさちゃんを扱うように、そっと頬を撫でた。
うさちゃんに似たふわふわの髪の毛からは、最近流行りの香水の匂いがして。それがあまりにも彼女に似合わなくて笑う。


「俺たちが結婚したとしてよ」


少しだけ、間を開けた。
言葉が口のなかでカラカラ回る。


「幸せな家庭ってやつを築いたとするだろ?」


言いなれない家庭って言葉に、舌を噛みそうになりながらもう一度繰り返した。
もしもって、もしかしたらすごく残酷な言葉だったんじゃないだろうか。


だって、こんなにも胸が苦しい。


言葉が回った口のなかはあんまりにも冷たくて、凍えていて、うまく動こうとしなかった。きっと、凍死しているのだ。


口の中も脳みそも、俺様全ては、いつの日か全て氷ってしまったままなのだ。彼女が死んでしまった、あの日からずっと。

冷凍保存された自分は、ギルベルト=バイルシュミットは、あいつが死んでから半永久的に冷凍されて、あいつが生まれると解凍され、そしてまた凍らされる。
少しずつ、少しずつ、俺様の中に痛んだ部分が溜まっていく。


ダメになった所から、塞き止められないなにかが溢れてくる。
止められるとは、思えない。それでもなお。


俺様はまた冷凍保存されるんだ。


「お前とは一緒に死ねないんだ」


どんなに願ったって。祈ったって。叫んだって。喚いたって。


「老いて死ぬことはできないんだ」
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