短編

□ナイトに焦がれて
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竹刀を入れた袋を背負い直し、足を進める。
昨日は夜遅くまで道場に居たせいで、あくびが抑えられない。


「気合いが足らぬぞ幸村!」


ばしりと両頬を叩き、気持ちを入れ替える。
すれ違った先生に挨拶をして、格技場に向かった。

毎週火曜日以外は朝練を日課にしている。火曜日は朝に弁当を作る当番が割当たって居る故、仕方なく休みにしていた。


しかし今日は火曜日。
何故朝練に向かっているかというと、珍しく佐助が弁当を作っていたのだ。
朝の予定がなくなりありがたく朝練に向かうことが出来て今に至る。

いつもと違う曜日だと言うだけなのに、どうしてか心が踊る。
自分の事ながら部活馬鹿だと思う。しかしやらねば落ち着かないのだから仕様がない。


格技場までもうすぐと言うところで、足が止まる。目的地まではあと数十メートルだけ。
そのまっすぐ先の扉から、声が聞こえる。

独特の通る声。踏み出す足音。


思うよりさきに走り出していた。
扉に飛びつくように駆け寄り、壊さんばかりの勢いで開く。


中にいたのは見慣れた胴着を着た誰か。こちらに背を向け竹刀を振るっている。
まっすぐに伸ばされた背筋。
また竹刀が空気を切る音と声が格技場に響いた。


洗練されたそれは、見ただけでかなりの上級者だとわかる。
しかしうちの部活にあんなに綺麗な素振りをする者がいただろうか。

その人物はまた竹刀を振り下ろす。ヒュンと鋭い音が耳に気持ちいい。


凛々しい背中が、あの人と重なる。
そしてそれは段々と確信に変わっていった。踏み込みの音のタイミングが、彼と同じ。


「師匠!」

「は、え?」


以前より幾分か高いが、間違いない声だった。

カバンも竹刀も放り出してその人の元へ駆け出す。
振り向いたばかりのその人を、力いっぱいに抱き締めた。


「早苗師匠」

「え……ゆ、幸村?」


数年呼ばれなかった声で呼ばれた名前。
以前の記憶と混じって、幸せな気持ちが心を埋める。

いつの間にか俺の身長は師匠の背丈を越していて、今の師匠は昔よりずっと小さく感じた。


「くるし……」

「す、すみませぬ!」


ぱっと体を離し、頭を深々と下げる。
すると彼は大慌てで俺の頭を上げさせた。防具で見えないが、きっと眉尻を下げて笑っているのだろう。


「あー、着替えてくるね」

「お待ちしておりまする!」


そう言って早苗師匠は更衣室へと走っていった。
俺の心臓も全力で走ったかのように強く波打っている。まさか、そんな。
信じられない出来事にまさか夢なのではないかと思ったが、つねった頬は痛い。

早く着替えて来ないだろうか。
是非お話したい事が山のようにあるのだ。
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