短編

□貴方は私のモノだから、
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二十センチほどの麺棒を持った手を振り下ろす。


「早苗ちゃん」


またゴスリと卵がつぶれた。
ぐしゃぐしゃになり始めた卵と胡瓜。そばのコンロでは沸騰したお湯にじゃがいもが浸かっている。

また振り下ろす。
ぐしゃりと潰れたそれはとてももろくて、佐助君みたいだと思った。


私はその潰れる感触が心地よくて、麺棒でゴスリゴスリとゆで卵を潰していく。
それらを潰す麺棒で佐助君を叩いたら、どんな感触がするのだろう。ゆで卵よりは硬いかな、柔らかいかな。


そう思うと大っ嫌いなゆで卵もたちまち愛おしくなってくる。

ぐしゃり。


黄身も白身もわからなくなって、全部全部一緒くたになってしまえばいいんだ。
きみもわたしも。


「早苗ちゃん」


麺棒を掴む私の手が、麺棒と同じように掴まれる。
顔を上げれば、頬に真新しいガーゼを貼った佐助君がいた。

佐助君はどんな気持ちでそのガーゼを貼ったのだろう。
彼と四六時中一緒に居られるガーゼが羨ましい。いいな。いいないいな。


そう思うと同時に私の手は彼の顔に向かっていた。麺棒を持っていない方の手が動く。
聞き慣れた肌と肌のぶつかる音。痛みに歪んだ佐助君の表情。

じんじんと手のひらが痛む度、彼がそこにいるんだと感じる事ができる。
とても、幸せだ。

佐助君だけじゃなく、今ならこの手も愛おしい。


ぎゅうと麺棒を握る。これで、殴ったら。
そう考えて止める。私は佐助君を壊したい訳じゃなくて、愛したいのだ。

愛して愛して愛して佐助君の中を私で埋めたい。

半年前から始めた同棲は、順風満帆で進んでいった。
佐助君に会えなくて気が狂いそうになることももうない。


「何作ってるの?」


わかってる癖に、佐助君は私に聞いた。
コテンと首を傾げる姿が可愛らしくて私は泣きそうになる。

ぎゅうと抱きしめてかぶりついて噛み千切りたいと私の心が叫ぶが、もうそろそろじゃがいもが煮えるから。
佐助君の鎖骨上に付いた歯形を見る。赤黒く変色していた。


「ポテトサラダ」

「やった」


へらりと笑う佐助君は、私の一つ年上なのに幼く見える。


そうやって笑う顔も、とても好きだ。
勿論泣き顔も、真剣な顔も、痛みにゆがむ顔も愛している。

ただ、彼が怒る顔はまだ見たことがない。
でも怒られるのは嫌いだ。大嫌い。佐助君に怒られるのは、どっちかわからないけど。


お鍋のじゃがいもがそろそろ煮えているらしかった。
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