短編
□鉢巻きになりたくて
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解せぬ。
私は小さく不服の意を持つ唸りを上げた。私は今、非常に怒っているのである。
ついさっき。
同じ中学校だった顔しか知らない後輩を見かけた。確か一度だけ同じ委員会になった事のある、あまり自分を主張しない男の子。
その男の子がいつの間にか高校生になって、同じ高校に在学していた。ちなみに決して好意を寄せられてはいない。
ここまではいい。
私はそれをなんとなく知りながらも、話しかけたりはしなかった。
何故なら私はそこまで彼と仲良しだった訳ではないし、彼も私を覚えている可能性はとても低い。
だがしかし、そうであってもその男の子が明らかに友達ではない風貌の男子高校生たちと一緒に裏路地に入って行くのをみたら、話はまったく別である。
その男子高校生たちが腰パン、ピアス、染髪と校則違反三点セットを揃えていたら、尚更の事だ。
私は慌てて重たい鞄を持ち直し彼らを追いかけた。細い路地の入り口に立てば、すぐそこでは犯罪のワンシーンに出くわしたのである。
一方的なお金のやりとり。恐喝、カツアゲ。立派な犯罪である。
予想はしていれど、まさか本当にそういう事ってあるんだな。びっくりである。
私は携帯を開きカメラモードにして、彼らの決定的証拠の場面をばっちり撮影する。ワン! と昨日設定したばかりのシャッター音が静かな空気にやけに響いてしまった。
やべ。小さく呟くと画面の中の数人、がたいの良い男子と目が合って。パタンと携帯を閉じると、男子は眉間に深いしわを寄せてこちらに体を向けていた。
そして、冒頭の唸りに繋がるのである。
「お金の貸し借りは、ダメだと思います」
一応同じ学校の後輩だと思われるその男子に言ったは良いものの、囲まれてしまっていた。そう、怒っているとか言いながら本当はとてもとても怖いのだ。
まさか暴力をふるわれたりするのだろうか。痛いのは怖い。
膝が少し笑っている。笑える状況なんかじゃないのに。
怖いと全身で思いながら、一歩また一歩と後ずさる。
後少しで裏路地から出られるはず。背後から差し込む光を見て判断した。
お願いだから逃がしてくれと祈るが、彼らの目を見る限りそんな親切な表情はしていない。
後輩は、と探すと彼はすでに遠い後ろ姿しか見えなかった。
「嘘だろ」
藪をつついてなんとかってこういう事か。
凶悪な顔をした蛇をどうしようかと考えたが、どう考えてもどうしようよりどうされるかを考えた方が正しかった。
口々に何かを言う彼ら。きっと上品な言葉ではないだろうそれを聞き流していたら、彼らの腕が上がるのが目に入った。
振り下ろす先は私だろうか。いや、それ以外にあるはずがない。
どうかそんなに痛くありませんようにと願いながら、私は目を強く閉じた。
「どんな理由に御座ろうと、婦女子への暴力は某が許さぬ!」
ぺしりと何かが頬を撫でた。恐る恐る目を開ける。
すぐ近くにあったのは赤。
なんだこれはと一歩下がると、それの全貌が見えた。
それは見慣れた制服を着た背の高い男の子。よく見れば今腕を上げた男子と同じ制服である。
長く伸びた後ろの髪に、ゆれる赤い鉢巻き。さっき目にしたのはこの鉢巻きの端だろう。とても鮮やかな色。
さらに目を移すと、鉢巻きの男の子は振り下ろす途中だった相手の腕をがっちり押さえていた。
もしや、助けてもらったのだろうか。
「ご無事で御座るか?」
「は、はい」
これが彼との出会いのあらすじである。