短編
□誰にも渡さない。
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布を巻き終えた早苗が満足そうな顔をして居る。
確かに右腕に巻かれたそれは相変わらず丁寧で、これなら解けないだろう。彼女が巻いた包帯が自然に緩んでしまった事は無い。
少しじんと痛むが、それも今まさに無くなりつつある。
「それで」
手持ち無沙汰になった早苗が膝に手を置くと、話を切り出した。
立ち去ってしまうと思ってたが故に、一瞬話しかけられていた事さえわからなかった。驚いた幸村を早苗が笑う。
「祝言はいつですか?」
「相手が居らぬ」
正座していた足をだらりと崩し、早苗と向き合った。
眉根を寄せながら言ってやれば、彼女は困ったように目を細める。
嗚呼、儚いと思った。
はて、彼女はこんなに華奢であっただろうか。
無性に早苗を抱き締めたい衝動に駆られた。この腕で彼女を抱き締めれば、他愛もなく折れてしまうのでは。
それでも、今目の前に座る早苗をこの腕の中に納めたかった。
粉々になった彼女でも傍に置きたいと思って初めて、自分はこの女中を好いているのに気が付いた。
気付いてしまえば、こんなにも愛おしくて仕様がない。
「早うしないと、私死んでしまいます」
「死ぬ……」
そうだと肯定して笑う早苗を見て、幸村の中に黒い物が渦巻くのを感じた。
その正体なぞ知る由もないが、確かに腹の底でうねりをあげている。
それは今にも喉元をせり上がっていて、すこし油断をしてしまえば口から早苗へと飛びかかって行きそう。
何故、何故。理由など知らぬ。
「祝言などあげぬ」
「そうで御座いますか」
「しかしその様な冗談も許さぬ」
きょとりと、今まで笑っていた早苗の表情が固まる。
そして直ぐに俺の言った冗談が、先の自分が言った言葉だと気付きまた笑った。
畏まりましたといつもと変わらない声で言うと、彼女は立ち上がろうと体を動かす。
駄目だと口で言う前に、体が早苗を止めていた。
「何で御座りましょう?」
「もう少し此処に居ろ」
夕餉のお時間になりますよと彼女の声が聞こえたが、俺は掴んだその細い手を離さない。
やがて降参したと言うように再び座り直した早苗が幸村の目を見た。
少し気が咎めたが、気付かないフリをする。
「弁丸様は如何なされたのですか?」
「止めて下され」
茶化すように早苗に言われた。もう俺は弁丸では無い。
当然彼女もわかっているはずだが、あまりにも幼子の様だからか。早苗はまだ笑っていた。
どこかで烏が鳴くのが聞こえた気がする。