その他長編
□レフトロスト!
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最近肩こりがひどい。いや、元からひどかったんだけど最近はなおさら。
そろそろ目とか頭まで痛くなりそうだ。
パソコンの画面が発する光を顔に受けながら、渡してきたは文字を打ち込んでいく。
先輩はまだ帰ってこない。彼にお願いしないと出来ない仕事もあるのに。
まったく。必要な時に居ないんだからあの人は。
きっとあの運の悪さで担当の小説家さんにこき使われているのだろう。一度サイン会に同伴したが、あの人良い人だけど先輩に厳しかったし。
相変わらず運が悪い人である。
なんとかコラム一つ書き上げると、ほっと終わったことに一安心。
本当はあと二つぐらいあるけど、それは明日やってもまだ何とかなる。
大きく伸びをして凝り固まった体をほぐし、肺にたまった二酸化炭素を吐き出した。
う……肩痛い。
「いたたたた……」
思わず痛んだ左肩を押さえてさする。さっき肩を伸ばした時も、バキバキじゃなくミシミシと言っていた。
こりゃ整体行かなきゃダメかなと眉をひそめる。この前同僚が良い整体あるって言ってたなぁ。
はぁとため息をまた吐いてデスクに顔を伏せた。
それが失敗で失態だった。
「ぎゃふん」
頭の上に落ちてくる資料や名刺の束。うへぇ、最悪。
肩の痛みも忘れてプリントをかき集める。何で片付けしなかったんだ私の馬鹿。
しかも片付けてると、やらなきゃいけなかった仕事を発掘してしまった。地雷だ地雷。
仕事なんてまだ片付いていなかった。しょうがないやるかと意気消沈しながらパソコンを見た。
肩こり痛すぎて泣きそうだけど。また左腕を回せば、ミシミシと吊り橋みたいな音がした。
なんなんだ、恋に落ちろってか。腹立つわ。
先輩もきっと頑張ってる。私だけじゃない。そう思い直して私はまたキーを打ち始めた。
「由希殿」
かたかたとタイプの音しかしないはずが、誰かの声がした。先輩かと思ったが、先輩が帰ってくるはず無い。
もう一人仕事してる人が居たはず……と思いパソコンの隙間から覗くと、すでにその人は切り上げて帰ってしまった後だった。
なんだ、気のせいか。
また続けて作業する。なんだか肩を上げてないのにとても痛い。
本格的に整体でマッサージして貰わないとだめだなこりゃ。
またミシミシいう肩を回して、それからまたパソコンを見つめた。
「由希殿!」
オマケに幻聴まで聞こえるとは何事だ。病気じゃないか。
自分の名前の幻聴なんてありがちな疲れの症状だ。早く終わらせて帰ろう。
なによりベッドが恋しいし。
またどこかで呼ばれた気がした。呼ばれるわけ無いのに。
うーん、どうしよう頭働かなくなってきた。
コーヒーでも買ってこようかなと思い、立ち上がった時だった。
ぼとりと、何か重たい物が床に落ちる。
「……え?」
目を疑った。
目を擦ったし閉じたり開いたりしたし、頭を振ってみたりもした。
でも床にあるそれが別の物にはならなかった。
「腕……だよね?」
しかも、私の。
「由希殿ぉ!!」
「ぎやぁあああああああああああああああああああ」
嘘でしょなにこれ。夢?
驚きのショックで痛さはまったく感じない。
そう。さっきまでミシミシ言ってた左肩から下、自分の左腕が落ちたのだ。
気に入ってる腕時計。
左の袖がぷらぷらと揺れているし、なにより感覚がない。
何の脈絡もなく、フィギュアみたいに取れた左腕。
「ああああああああああああ」
「落ち着いて下され!」
頭ががんがんするほど叫ぶ。自分の声じゃないみたいだった。
だけれども、これは私の声だし落ちているのも私の腕なのだ。
もしかして私、死ぬのだろうか。そりゃ死ぬだろ。失血死だ。
ぽろぽろと涙がこぼれてきた。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
「落ち着いて下され由希殿!」
がばりと、なにかに両頬を掴まれた。目の前には誰かの顔。見覚えの無い人だ。
その男の人は眉を顰め私に落ち着いてと怒鳴る。こ、怖い。
それにもまた驚いて、涙もパニックも治まった。
「痛くはなかろう?」
「……あ、はい」
「血も流れて居らぬ」
ゆっくりとそう言われ、落ち着いた頭で状況を把握する。
そう言われたら、私まだまだ死にはしなさそうだ。え、なんでどうして。
赤いはちまきに赤いライダージャケットみたいな上着を着た、お腹丸出しの彼。
まだ幼そうな顔をした青年は落ちた私の腕を持ち上げて、じろじろと観察した。その光景はとてもグロテスクである。
それをしばらく見た彼は何を思ったか、その私の腕を……懐にしまったのである。
「貴殿の腕は某が預かった!」
「……え?」
「返して欲しければ、某に協力して頂こう!」
なにそれ。