その他長編

□レフトロスト!
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朝が訪れた。私の部屋の窓は西向きなので、西日は射すが朝日は射さない。
だが薄いカーテンのお陰で朝が来たことはわかる。明るくなった外を見て、今日も始まったとため息をついた。

そしていつもの様に左手でカーテンを開けようとして、思い出す。


「おはよう御座いまする由希殿!」


開けようと思ったカーテンは開けられず。

ぽとりと落ちてしまった左腕の事と、それを奪った青年の話が思い浮かんだ。
一晩明けても結局、夢とかどっきりにはならなかった。それは本当の話。


私の腕は正体不明に痛みもなく取り外され、それを青年が自身の願いを叶えるために所持しているのだ。
なかなかどうして、先輩の事を笑えない不運っぷり。

そして極め付きは、腕を戻すには青年の願いを私が叶えなければいけないと言う事だ。


前もって言おう。
私は霊感があったり超能力があったりはたまた魔法使いなんかでもない。平々凡々な人間で人並みの事しか出来ない新入社員だ。


「青年、おはよう……」


青年は昨日と同じ姿形で、他の人間と何一つ変わらない見た目をしている。
一見普通の人間で誰にでも見えるものかと思ったが、昨日の先輩然りそうではないのだ。

そんな彼の願いを、他でもない私がどうやって叶えられるであろう。


あとこんな朝っぱらから元気そうに現れる所を見ると、青年は幽霊とは遠い場所にいそうだ。


「昨日申した事は覚えて居られるか?」

「まぁ一応さらっとは……」


はきはきと寝起きの私に話しかける青年。朝から爽やかすぎる。
つられて爽やかになんてなれるはずもなく、欠伸をしながらもごもごと答えた。

それに心配になったのか青年はまた昨日の夜と同じ話をし始める。


「某の名は真田源次郎幸村。青年ではなくどうぞ幸村と呼んで下され!」


それぐらい覚えている。青年青年と呼ばれるのが不服なのか、二度も同じ事を言われた。
しょうがないから確認してやるように幸村と呼んでみる。口に出すとなんと艶やかに聞こえる名前だろう。


「……はっ」

「は?」

「破廉恥でござる!!!」


思わず体を震わせた。もし彼が姿形加え声も周りに聞こえる身だったら、周りからの苦情は絶えないだろう。
突然叫んだ幸村に眉を顰め、煩いと一喝した。いくら周りに迷惑はないと言ったって、私にも我慢できるできないの範囲がある。

私が怒ると幸村はしゅんと眉尻を下げ、人間と同じ様にしょんぼりと反省していた。


反省したり恥ずかしがったり、とても人間らしい。いや、姿形は同じと言っても良いぐらいだからその言い方は良くない。


「さ、昨日の話をさせて頂く! 昨日由希殿の御手は某が奉った」

「はぁ……」


奉ったとはこれまた古臭い言い方だ。青年の仲間はみんな同じようにこんな喋り方をするのだろうか。
……こんな傍迷惑な存在がそこら彼処に居られたらたまったもんじゃないが。

赤い鉢巻きをトレードマークに幸村は私の前で正座した。


一応彼が私の腕を懐に入れている以上、ベッドで胡座をかく私の方が下の地位に居るはずなのだが。そんなこと気にしないで床から私を見ている。


「貴殿の御手は、某のとある願いを叶えて頂いた折にお渡しいたす」

「腕を取ってまで叶えて欲しい願いなの?」


揺れるパジャマの裾を掴みながら首を傾げる。
きっと幸村の様に礼儀正しく眉目秀麗ならば、人によっては人質が無くとも願いを叶えるために四苦八苦するだろう。

だから私の腕を返して欲しい。何もできないんじゃ仕事にならない。


しかし彼は頭を振って口ごもる。


「某……あやふやな存在故に媒介が無いと姿を表せられぬのだ」


うわ、妖怪っぽい。じゃあ腕は取られるしかないのだろう。
はぁとため息を吐き出して自分の不運を呪った。

なら腕を人質にとる理由もわかった。取らなければいけないから取ったのだ。


「私はなにをすればいいわけ?」

「某の願いを叶えるのに、お力添えを頂きたく存ずる」


はぁ。お力添えねぇ。
ぱっと思い浮かぶ事は無い。むしろ私にできる事の方が少ないように思える。
これは幸村の人選ミスだな。

それよりも私今日からその願いが叶うまで、どうやって生活すればいいんだ。
左腕がいきなりなくなった成人女性なんて軽いニュースだぞ。


私が不服そうにそう言えば、幸村は自信たっぷりに問題無いと笑った。


「由希殿の御手は、某の力であるように見せることが可能になりまする」

「そりゃすごい」


そんな事ができるぐらいなら、彼だけの力で願い事なんてちょちょいと叶うんじゃなかろうか。
言おうかと思ったが、それで叶わないからの今なんだろうと思い直した。

しょうがない、大人しく彼の言う事を聞こう。


「但し、常に腕が在ると意識をして下され」

「意識……ぼーっとしたらダメってわけ」


頷いた幸村を見て、それは相当神経がすり減りそうだと先を案じた。
つまり何かをしながらも左手があると意識しないと、元の左手が無い状態になってしまうと。

飽くまでも左手は幸村の力で見えるようになってるわけで、私のものではないと言う事だ。


しなきゃいけない事はわかれど、相変わらずわからない状況に頭を抱える。
試しにカーテンを明けようと手を伸ばすが、なかなかうまくいかないわけで。

なにこれ、映画?


「……あ、会社!」


時計が教えた時刻はいつも起きる三十分も後。慌てた私はとっさに右手で着替えを持ち、左手でカバンを引っ付かんでベッドから飛び降りた。


あ、できたじゃん。
そう思った瞬間、左足にカバンが落下してきた。
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