能ある鷹は愛する獲物の為に爪を斬る

□じゃがいもの憂鬱
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最近俺には気に掛けている人がいる。最近がいつごろかと聞かれると、俺はそれに答えられない。
最近は最近でも、気付いたら気に掛けてしまっていたのだ。なのであやふやな最近の話。

それに加えて気に掛けると言っても、四六時中その人を考えている訳ではない。ただ声が聞こえるとすぐその人だと脳が判断したりするとかそう言うことであって。
俺がいつも菊さんに対してしている事とさして違いはないのだ。


だけどどうしても、菊さんとは違うような気がしてならない。
またそれもあやふやなものなのだけれど。


「おはようございます唯人さん」

「おはようございます」


襖を開ければいつもと同じように菊さんが俺に挨拶して、俺も彼に同じく返す。

盛られたばかりの白米の前に座り、箸を手に取った。
最近朝はぼーっとしてしまう事が多くて、朝食は菊さんが一人で用意してくれている。申し訳ない。


「近頃、朝に弱いみたいですね」


にこりと漬け物に箸を付けた菊さんは笑う。
その言葉はごもっともだから、俺は言い返す事はせずに出汁巻き卵を頬張った。
明日はちゃんと起きないと。せっかく目覚まし無しで起きるという偉業を成し遂げられるようになったのに。
それになにより、朝ご飯を一人で作る菊さんに申し訳無い。


「なにかお悩みでもあるんですか?」

「悩みって言うか」


解決口の無い考え事なんですよね。と言う声は尻すぼみになって消えた。

ふわり。また言葉にならないような言葉が浮かんで沈む。
俺はなにを考えてるんだろ。

菊さんはにこりと笑って俺の手に彼のそれを重ねた。
え、なんで?


そう思ったのはぼんやりで、いつもの事かとそれを受け入れた。
冷え症なのか、彼の手は少しばかり俺のより冷たい。


「辛いときは、私が支えますよ」

「あ、えと」


目を細め柔らかく笑う菊さん。しかし彼に言えるはずがない。
菊さんじゃない他の男についてで悩んでいますなんて聞いた菊さんはどんな顔をするのだろうかと。

俺は菊さんを裏切るような事をしたくない。


ほわり。また微笑んだ彼の頬に手を当て、大丈夫ですよと告げる。
白くてきめ細かい頬に指を這わせ、また俺も深く微笑むのだ。


「無理はしないで下さい」

「わかってますよ」


頬にあった手を上に移動させて、艶のある細い髪を指で鋤く。さらりさらりと黒髪が揺れた。
少し体を彼に近付けようとした時、家中にチャイムの音が響いて。ピンポーンとか言う音と同時に菊さんとの距離は元通りになってしまった。
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