能ある鷹は愛する獲物の為に爪を斬る
□サイン会、始まる前。
2ページ/4ページ
もはや飛び出すを越して飛び立たん勢いで扉を開けた。ぶわりと体をすり抜けた風がとても気持ち良い。
無事に出れたぞ。そう思ったのも束の間だった。
がんとなにかにぶつかる扉。ガラス製のあからさまに重たく低い音を出した。
それがなにかだったらまだ良かったのだけれど。
「痛ったぁ……」
「え?」
勢いに乗って進んでいた足が止まる。振り袖が慣性の法則に従ってあたしの前に躍り出た。
それを視界の端で確認して、あたしは振り向く。
扉がぶつかったそのなにか。無機質だったら良かったのに。
それがそうじゃないからとても困るのだ。
あたしの数メートル後ろに居たのは、鮮やかな青い制服を着込んだ女子高生。ベンチに座ったまま動かない。
頭を抑えてるところを見ると、そこが痛むのだろう。
ばたんと大きな音を響かせ閉じた扉。
うわぁ。血の気が引いた。
やばいぞ、女の子に怪我をさせたとなったら神原になんて言われるかわからない。
大慌てでその子に近寄る。
まずは安否の確認だ。
「大丈夫ですか?」
いやそりゃ痛いだろう。
あんな重たいガラスの扉が勢いよくぶつかってきたのだから。
ベンチに腰掛けたままだった彼女はつやつやの黒髪を揺らしてあたしを見た。
表情こそはあまりないが、目は少し潤んでいる。
「一応、大丈夫です」
途切れ途切れに言って彼女は、自身で抑えてぐしゃぐしゃになった髪を手櫛でとかした。短い髪が整えられていく。
そんな感じで女の子が動いた所為か、彼女の膝から何かが落ちる。
どうやら本の様だ。
なるほど。これを肘掛けに寄りかかるようにして読んでいたところに扉をぶつけてしまったのか。
それは非常に不意打ちだ。
申し訳ないなぁと思いながら、その分厚いハードカバーを拾い上げる。
紐のしおりがぷらぷらと揺れる。挟める前に閉じて落下したから、どこから読むか迷うだろうなぁ。
まだ編み目が解けていない薄い紐。まだ新しい様だ。
「落ちましたよ」
「ありがとうございます」
本の裏表紙を上にしてそれを渡す。それを彼女が受け取った時に気付いた。
この裏表紙、どこかで見たことあるぞ。異常なぐらい見覚えがある。
帯に書かれたコメントも、空で言えるぐらい覚えている。
またさらに血の気が引いた音がした。