能ある鷹は愛する獲物の為に爪を斬る

□冬景色
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歩く。歩く。
ただただ歩く。

どこまで続くのかわからない。どこを歩いてるかもわからない。


いったい俺はどこの何を歩いているのだろう。
伝わる足の感覚は不安定で、あるのか無いのかも不安定。

不安。不安。


それでも俺は足の止め方もわからずにまた左足を前に出す。
何かを踏みしめ、歩く。

歩きたいなんて意志はないのに。


また右足が前へ出た。


だがしかし、着地点のそこにはなにも存在していなくて。
落ちる。落ちた。


やだ。やだよ。
落ちる先が怖い。落ちる今が怖い。

なにがあるかもわからずに、俺はじんわりと恐怖に浸蝕される。


「ぬがっ」


やけに重たい首が重力に従って下へと落ちた。
なにから。それを支えてた手のひらから。

血液が流れるのをさぼった所為で熱くなった頬が、やけに現実味を帯びていて。


痺れるような痛みがぼやけた頭を現実に連れ戻した。
ああ、俺寝てたんだな。

あたりを見回せば、そこはまったく見覚えの無い空間。
大きくて長い机が俺の前から左右に広がっていて、そこには俺がそうしているように人がつめて座っていた。

まるで会議室みたいだ。新企画を提案する時の。
そう言えば先週の会議で出した俺の企画、決まったかなぁ。


「じゃあ今日の議題を決めようじゃないか!」


しんとしていた俺の世界に、突然大きな声が響いた。
びっくりした。驚きすぎて心臓がドキドキとなっている。

少し落ち着くように息をついてから、声の持ち主はまだまだ若いなぁと思いを馳せた。
そのうちそんな元気もなくなるんだぜボーヤ、なんて何故か年上気取り。

ガヤガヤと揺れ出した空気の中、俺はさっきの声の出所を探した。
あれだけ大きな声をマイク無しで出したのだから、きっと立ってるに違いないと思うんだけど。


「広いんだな……」


遠くに見える両端を改めて確認したら、俺はこんなでかい会議で寝てたんだと云う事を認識した。
いくら後ろの席だからって、油断しすぎである。

それにしても、大きな会議室だ。どこに来てたんだっけ?
まさかテレビだとかそんな事は無いはずだ。まず俺なんかに座る席を用意してくれない。


まるで飲みつぶれた時の様に記憶が朧気で、うまく思い出せない。
もしや酔ったままここに来たんじゃなかろうか。車で? それは実にまずい。

慌てて胸ポケットを弄りズボンのポケットを弄り上着のポケットを裏返したが、俺の愛車の鍵が見つかることは無かった。
……無くしたわけじゃ無いことを切に祈ろう。
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