能ある鷹は愛する獲物の為に爪を斬る
□その戯れ筆で笑顔を咲かす 〜repay for a person's kindness〜
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まるで山の上に降り積もる雪のように白い毛色、凜としたサファイアを思い浮かべさせる青い目の子猫を選んだあなた! そうそこのあなた。
あなたの今日の運勢は最高です。
やること為すこと全てうまくいくでしょう。
あなたの素敵な笑顔を振りまいちゃって!
「……はぁ?」
朝、気まぐれに変えたチャンネルでやってた占い。いつもはあまり見ない。
しかし今まで見たことの無い占いが、どうしてか興味を惹いた。
いつものニュース番組でも見ようとして動かしていた、リモコンの矢印を押す指を一度止めて。
それに見入ってしまう。稲葉なんかが好きそうだなと思いながら。
最初に出たのは数種類の猫の写真。可愛らしい表情がいくつも並んでいて、それが占いだと気付くまでに暫く掛かった。
珍しい占いだなと思いながら、アナウンサーの指示通り気に入った猫を選ぶ。そう言えばアルさんがまだ起きてこない事を、頭の片隅で考えながら結果を待っていた。
そして、冒頭にあった彼女のセリフにつながる。
本日の私は大分良い運勢らしく、箱の中にいるアナウンサーの女性はにこやかに笑っている。
占いなんていつも気にすることないのに、やけに印象強かった。
そして彼女はこう続ける。
今日のラッキープレイスはうみ。 広大で雄大なうみに身を任せちゃって!
アナウンサーの恰好として許されるのか、毛先だけが茶色いプリン頭が特徴的なその女性。
短い前髪をわずかに揺らしお辞儀した彼女はテレビから姿を消した。……おいおい、他の人の結果は教えてくれないのか。
なんて良心的じゃない占いだと思いながら、私はコップに入れた水を飲み干して時計を見た。
まずい、何時もよりずっと遅い。
「いってきます!」
未だ布団の中であろうアルさんに言って、返事が返ってくる前に飛び出した。
外は快晴。吹く風は大分寒くなってきたが、まだまだ雪の兆候は見られない。
そしていつもは自転車に飛ぶように乗るのだが。つい先日自転車のサドルを盗まれる謎の事件に巻き込まれ、徒歩。
犯人は絶対に許さないと固く誓っている。
途中でバスに乗れば間に合わない事もないだろうし、いつもと違う道のりに心が弾まないわけでもない。
車通りの多い道に出れば、車が押した冷たい風が顔に当たる。
バス停までもう少しだと足を進めていた。
「うわっ」
不意に目の前一メートルもない距離を、真っ黒で短毛な猫が歩いていく。
私の驚く声が聞こえたのか猫が一瞬だけこっちを見た。
金色と赤の二色が黒に映えて見える。あまりの不気味さに硬直していると、猫は器用に赤信号になった車道を渡っていった。
黒猫に横切られるなんて不吉にも程がある。すぐに気を取り直して、また進もうとした。
けれど私はまた止まる。
否、止められる。
「ひゃっ」
黒猫だけじゃ飽きたらず、次に私を横切ったのは真っ白な猫だった。
さっきのとは正反対のふわふわした毛並みの猫。それはまるで、今朝の占いで私が選んだような白猫。
なにかを口にくわえて居るように見えたが、ここからじゃよくわからない。
その猫も黒猫を追いかけて車道へ向かっていく。
仲良しな猫なのか。黒と白でなんとなく不吉感がまぜこぜになったような気がした。
早くバス停に行かなくては。そう思ったのに、やはり進めない。
車道の方に目を向ける。
遠目に見えたのは、丁度車道を渡り終えた黒猫と、今から車道に入る白猫と――――
――点滅し始めた歩行者用信号機。
「大丈夫かな……」
あの信号機が赤になると言うことは、車道の信号が青になると言うこと。
交差点の全ての信号機が赤になってから片方が青になるまでは三秒あると、以前西船に自慢げに言われたことがある。
あれが本当なら、あの白猫も黒と同じように渡りきれるだろう。
なのにどうしても安心しきれない。
遂に信号機が赤に変わった。
後三秒。猫が渡りきるには、あと車道半分の距離。
道で私と同じように猫を見ていた人が、あの猫大丈夫かなと誰にでもなく呟いていた。
確かに、大丈夫なはずである距離。
ぱたり。
軽い音がここまで聞こえてきて、猫が止まる。
もう時間がないことを知る由もない猫は、さっきちらりと見えたあの荷物を落としたらしかった。
もう危なっかしいどころの話じゃない。