能ある鷹は愛する獲物の為に爪を斬る

□その戯れ筆で笑顔を咲かす 〜repay for a person's kindness〜
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かさりかさりとコンクリートの上で動く箱。猫は必死にそれを持ち直そうとしていた。
もう待ってくれる時間は無い。青い光が視界の端でちらつく。

気付けばガードレールなんか飛び越していた。スカートを翻し大きく踏み出す。


姿勢を低くして手を伸ばす。カバン置いてくれば良かったなんて思いながら。

視界の端でトラックが動き出したのが見えてしまった。なんでこんな時にわざわざトラックなんだ。
トラックだって、まさか女子高生が飛び出してくるとは思わなかったのだろう。止まる気配は無い。

猫が箱を掴む。
猫の脇を掴む。


「ぎゃ」


そしてもう一度ガードレールを飛び越えて……茂みの間に飛び込んだ。
猫はすぐ隣に華麗に着地した。さすが猫だ。


ひいひい言っている私の背中を、トラックが過ぎていくのがわかる。
一瞬死んでしまうんじゃないかと思ったが、そうじゃなくて本当に良かった。

地面に座り込んでいるのも、気にする余裕はない。
猫に怪我や何かがないか確認しよう。首を回し白猫の姿を探した。


「ありがとう!」

「……え?」


今、どこから声が聞こえたのだろう。
人が居たのだろうか、そもそも今のは私に言われた言葉なのだろうか。

青い瞳が、見えた。


「お陰で助かりました」

「え、何?」


ぴくりと跳ねたのは真っ白でふわふわの耳。ふさりと揺れた白いしっぽ。
しかしそれは私の目に猫ではなく、猫の尻尾と耳をつけた少女に見えた。


え、なにそれコスプレ?


「私、猫の小夜子と言います!」

「小夜子……ちゃん?」


小夜子と言う名前だけは聞き覚えがあった。
たしか星屑さん宅の不憫担当、唯人の彼女……か元カノ。そこら辺はよくわからないけどまぁいいや。

以前何故か酔っ払ったかん……ボンバルが家に来て、散々グチグチ言ってたから多分合ってる。あの日は母さんがあの人をいじり倒して大変だった。


そんな事より今。
まさか同名だとかそんなミラクルを抜きにして、目の前に居るのはさの小夜子ちゃんなのだろう。

じゃないと普通の猫が猫耳ついた女の子にはなるまい。それを含めてもおかしいんだけれども。


「もう本当にどうなっちゃうかと思っちゃいましたっ!」

「はぁ」

「何やってるの莫迦さよ」


にこにこしながら、多分さっきの事でお礼を言っている小夜子ちゃん。
未だ脳みそがついていかない私。その肩を誰かが抑える。

聞き覚えのある声が聞こえた。


「華凜ちゃん!」

「……かりん」


そう。彼女は私と二人で戯暇のお花コンビと呼ばれている、華凜ちゃんに間違いない。

だがしかし振り向いて見たらどうだ。
視線の先にはいつもの真っ黒ゴスロリに身を包んだ華凜ちゃんが居る。


もちろん、スカートの裾からは黒い尻尾がゆらゆら揺れて。


「……あら、ニンゲンじゃない」

「この人に助けてもらったの!」


私を初めて見たかの様に目を伏せる華凜ちゃんは、未だに肩から手を離さない。
離して下さい嫌な予感しかしないから……!

これは絶対なにか起こる予兆だ。星屑と戯筆とひまつぶが集まった時は、碌な事が無いのはよくわかってる。


「私死んじゃうかと思った」

「簡単にそう言ったら彼奴が泣くわよ」

「えぇ? 泣かないよ唯君は」

「そうかしら?」

「うん!」


私の気持ちなんぞ知らないと暗に示しているのか、彼女たちは二人で盛り上がっている。
是非そのまま楽しんでいて頂けないだろうか私は学校へ行きますので。

それを知っているのかいないのか。私が立ち上がろうとする度彼女の腕に力が入る。


「兎も角、礼を言うわ、有り難う」

「ありがと!」

「名は?」


はい? 思わず聞き返してしまった。
そう言えば私もいつか知らないフリをして真琴さんやラスティーさんを騙したっけ。

となるとやはり面倒な事が怒るに違いない。特にラスティーさんと真琴さんは悪ふざけが得意すぎる。


「名を言いなさい」

「……桜坂花蓮」

「そう……うつくしいを表す花の花蓮、ウチの莫迦さよが世話に成ったわね」

「いえいえ」


相変わらずの威圧感と言い回しで華凜は目を細める。こんな特徴を持つ彼女だから、これが華凜ではないと言われても信じられる訳がない。
しかし、如何にもたった今初めて知りましたという風の彼女は頭を振る。


「言葉だけじゃ足りないわ」

「そうね!とびっきりお礼をしなきゃ!」

「私はそんな」


華凜の言葉に小夜子ちゃんが大きくうなずいた。これは非常にまずいパターンだ。
今から私誘拐されちゃうんじゃないか。

想像するだけでも恐ろしい。絶対良いこと無い。
そりゃあの人たちと遊ぶのは楽しいけど、悪巧みしてるかどうかじゃ話は違う。

「命の恩人だもの、体じゃ足りないわ!」

「それどういう意味」

「なら、アレしか無いわね」

「あれって」


おいこら私の話を聞け。
頼むから聞いてくれ。


「そうだね、あれっきゃない!」

「早速案内人を喚びましょう」

「すぐ来てくれるかなぁ」

「あの女面倒臭がりだから、時間掛かりそうね」

「お願いしよう」

「そうしましょう」


ああもう、どうにでもなれ。目を閉じて大きくため息を吐き出した。
にやにやしたラスティーさんの顔が思い浮かぶ。どうせ今回も真琴さんの凝った演出なんだろう。

煮るなり焼くなり好きにして下さい。
そう言いながら顔を上げたら、そこにはもう誰もいなかった。
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