犬も歩けば棒に当たる。…私は何に当たる?

□ラフ・メーカー
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母親が老衰で死んだ。
随分な年だった。

しょうがない事とわかっているのに、涙が止まらない。


私も母と同じく年をとって24歳だ。上には二人の兄と一人の姉がいた。

そんな私達を育ててくれた私の大切な母親が、死んでしまった。


……兄二人は葬式の時だけ泣いていた。初めて見た泣き顔だった。
姉はやつれた顔をして、お疲れ様と何度も母親に声を掛けて。
私は子供と同じ、それ以上に泣いていた。いや、泣いている。



「うっ、く……ふっ」


涙で濡れた部屋。
カーテンは閉めきって電気も付けず、明かりという明かりが全くないこの部屋。
もうどれだけ時間がたったかわからない。
時計を見るのすら億劫で。

溢れる涙は拭われる事なく服やリビングのフローリングが吸い込んでいく。


そんな、私の最悪な気分と涙で濡れた部屋に突然ノックの音が転がった。

突然の訪問者。
兄弟ではない。父親でもない。彼らは私に気を使ってか忙しいのか、私の家には来ない。


誰にも会えない顔なのに、もうなんだよ。


力なく立ち上がり、ドアまでの距離1メートルぐらいで訪問者に問い掛ける。


「……どちら様?


我ながら酷くかすれた声だと思いながら、相手の返答を待つ。

「名乗るほど対した名じゃ無いが、誰かがこう呼ぶ」


ラフ・メーカー
しばらく聞いてなかった知ってる声が、私の知ってる持ち主とは違う名前でそう名乗る。

アホらしい。
驚きすぎて、流れず溜まっていた涙がまた零れ出す。
訪問者であるラフ・メーカーは悪びれもせずに極めて明るく続けた。


「アンタに笑顔を持ってきた。寒いから、入れてくれ」


声に似合わない標準語で訪問者は、ドアの向こうで私に言った。

ラフ・メーカー!?
冗談じゃない。そんなもの呼んだ覚えはない


訪問者に対しての怒りがこみ上げ、そして一気に消える。
また、涙が溢れ始めた。
一体どこにこんなに涙が溜まっていたんだろう。



「アントン、でしょ。なにやってんの、ご丁寧に標準語まで使って……」


私には構わず消えてくれ
強く言ったつもりがたいして大きな声は出ずに、ただ掠れた弱々しい声が玄関にぽつりと落とされただけだった。


そこに居られたら泣けないだろう――
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