犬も歩けば棒に当たる。…私は何に当たる?

□不思議の国のひまつぶし。@前編
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 落下中、自分の鼓膜が破れんばかりに絶叫していた。
 コメディ映画並みに転がりまくって転がりまくって――ぐへぶッと柔らかい物の上に着地。
 トトロかと思ったらただのクッション。あら残念。


「……ここどこ」


 チェックの部屋。
 目が痛くなるような赤と黒のコントラスト。
 部屋に特に雑貨は無く、ただ中心に白いテーブルと椅子が並んでいる。
 そしてそこに腰を掛ける一人の女性。
 私よりも年上。あたしより少し長い茶髪を一本に縛る姿はまさに働く女性。
 煙草とか妙に似合いそうだ。


 そしてこの人も“コスプレ”していた。


 さっきの白うさぎに扮した花蓮ちゃんみたく、彼女は猫耳猫尻尾装着。
 しかも肩丸出しと言ったかなり大胆な服装。
 色がピンクと紫のしましまという滅茶苦茶毒々しいものだけど。

 ……。

「猫バスですか?」

「いや、意味分からないんだけど」

 ですよねぇー。
 猫バスのコスプレなんて聞いた事ない。
 仮にやっても人はコスプレと呼ばず仮想大賞と呼ぶだろう。
 でも猫バスじゃなかったらこの人は何者なんだ?
 あたしの考えを悟ってか、女はふふんっと鼻を鳴らした。

「人によっては私をチェシャ猫と呼ぶ奴がいるとかいないとか、一部いるとかいないとか」

「曖昧ですな」

 ちょっと待った。
 チェシャ猫……だと?

「そして私はあんたをアリスと呼ぶとか呼ばないとか」

「はぁ!?」

「噂以上に綺麗な人ね。似合ってるわよその服」


 待て待て待て待て待て待て。

 えっ何。チェシャ猫ってまさか“不思議の国のアリス”に出て来るドSな猫?
 もしかしてさっきの花蓮ちゃんもその白うさぎ?
 そしてあたしをアリスと呼ぶ?
 しかも『似合ってるわよその服』って事はあたしの元の服装を知ってる。つまり違う所から来た事を知っている訳で。


 ……だ、ダメだ。
 ツッコミ所が多すぎて一人じゃ処理出来ん。


「とりあえず説明プリーズ」

「私、長い話とか説明嫌いなの」

 まさかの放棄!

「早速で悪いけど、ここの部屋を抜けて道なりに進んで行くと帽子屋があるわ。そこで適当にお茶でも貰いながら話を聞きなさいな」

 そう言ってチェシャ猫は部屋の隅にある小さな扉を尻尾で示した。
 小さな扉って言っても二十センチぐらい。あんなのネズミぐらいしか通れない。
 すると懐から怪しい小瓶を取り出すチェシャ猫。
 中に入っているのは透明な液体。

「そんなアリスにプレゼント〜チイサクナール薬〜♪」

 うっわぁ。強引だよチェシャえもん何だいそれ――じゃなくて。
 これがトトロパロでは無く、不思議の国のアリスパロならば小さくなる薬なんだろう。
 でも信じられる?
 寧ろチェシャ猫だのアリスだの信じろという方が無理な話。
 だけど有無を言わさず手に薬を握り締められた。

「猫バス……いや、チェシャえもん」

「何処をどう言い換えてんだコラ」

「この世界は何?」

 この世界は異常の塊。
 空間で出会う人もあたしもまるで絵本の中に入ってしまったみたい。

「あんまり喋ると女王に怒られるとか怒られないとか」

 また女王。白うさぎと同じだ。

「女王って何者?」

「まず進まなきゃ話にならないとかなるとか」

「そいつが黒幕?」

「行ってみなきゃ分からないとか分かるとか」

「その喋り方、どうにかならないんですか」

「何気に気に入ったとか気に入らないとか」

 面倒くさ!酔ったアーサーと神原を相手にする並みに面倒くさ!
 もう話すだけ無駄だと悟って、小瓶のコルクを抜いた。
 どの道来た穴からは戻れそうに無いし飲むしかないんだよ。
 きゅぽんっと良い音。鼻を近付けてみたけど全く香りがしない。


 ……大丈夫なのかコレ。


「まっ。悪いようにはしないから早く行きなさい」


 にたにた笑う女性。
 あれは間違いなく楽しんでる顔。
 いつだったか。学校の教室に閉じ込められた時に見たドSな外人お姉さんと雰囲気が似ている。

「一つだけ質問良いですか?」

「特別に」

 まぁ、これはあたしの単なる興味なんだけどさ。

「貴女を“チェシャ猫”と呼ぶ人が一部いるとかいないとかって事は、他に呼ばれてる名前があるって事?」

 曖昧な受け答えの中で一部という言葉使った。
 チェシャ猫さんは少し意外そうな顔をしたけど、くつくつと肩を揺らす。


「ある人物は私を“お母さん”と呼ぶとか呼ばないとか」


 お母さん?


「またある人物は“花蓮Mother”と呼ぶとか呼ばないとか」


 もしかして花蓮ちゃんの――。
 でも言っちゃ悪いけどあんまり似てない。
 そもそも何で花蓮ちゃん共々こんな所に。


「貴女はあたしの味方?」

「一つと言う約束よお嬢さん」

 彼女はチェシャ猫らしく笑う。
 それはまるで妖精の道を踏み外した小悪魔のように。




「“五つを繋ぐ一つの想い。一つを創る十二の歯車。十二の中、負の想いは重なり、応えて、害を招く”」


 害を……。


「味方うんぬんより私は気紛れなの」




 ◇ ◇ ◇




《Alice in wonder land》





――どうやらあたしは不思議の国とやらにトリップしたらしい。


 とりあえず言う通り薬を飲んだ。
 服はどうするんだろうという不安もあったけど、ありがたい事に一緒に縮んでくれたよ。
 どういう原理かって?
 深くは聞くな!大人の事情だ!


 さて。あの小さい扉を抜けたのは良いけど相変わらず森。
 自分の背丈ほど雑草やきのこ(見るからにファンシー)。発見されれば巷で騒がれるであろう不思議な蝶。
 おいおい。これはさっきと同じ森か。
 味音痴大国のカラフルケーキの中だと疑いたくなる。


 そもそもチェシャえもんって何者なんだ。
 あの人は敵でも無ければ、味方でも無さそう。


『“五つを繋ぐ一つの想い。一つを創る十二の歯車。十二の中、負の想いは重なり、応えて、害を招く”』


 だからあの言葉がヒントなのか判断に困る。
 あの人は自分の事を気紛れと言った。あたしを混乱させて楽しんでいる可能性が無いとは言えない。
 でも長い獣道を歩くには丁度良い暇つぶしだった。


 五つを繋ぐ一つの想い。
 一つを創る十二の歯車。


 この文に共通する“一つ”という言葉は後の“負の想い”の事だと思う。
 でも害を招くってどういう意味なんだろう。それに十二の歯車とは一体……。


 うぅむ。唸りながらも前を向くと森の奥に一部、光が差し込んでいる所があった。
 あの空間だけ木が無い。
 そして周囲に響き渡る笑い声。
 人だ。人がいる。
 シックなデザインの二階建ての屋敷。
 その前に並ぶ白い長テーブル。
 コスプレした四人の男女が仲良く談笑している。


「あぁ、やっぱ庭を眺めながら紅茶を飲むのは良いな。自分の家を思い出す」

「俺も庭で紅茶飲むのが一番落ち着くな」

「……うぅ。ダブル眉毛とお茶するならディーとダムとお茶したかったよ」

「「誰がダブル眉毛だ!」」

「……zzZ」



 ちょっと待って。
 机に伏せてる子はともかく、ウサ耳の方は見覚えがある。
 いや、もっと見覚えがあるのはシルクハット二人組だ。
 帽子で見辛いけどあの太い眉毛、見間違う筈が無い。


 でも何で二人?
 眉毛を核に分裂したとか?
 アメーバじゃあるまいし、んな阿呆な。


 恐る恐る森を抜けると、お茶会メンバー四人のうち三人が一斉にあたしを見る(一人爆睡中)。
 あたしが何か言う前にシルクハットの一人が立ち上がる。
 わなわなと指を震わせて、頭の先から足先までを眺めた。


「ま、ままま真琴!?」


 ここに来て初めて呼ばれた名前。
 ようやくあたしを知っている人と出会えて湧いてくる安心感。


 流石は紳士。
 良く似合ってるよアーサー。




 ◇ ◇ ◇






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