犬も歩けば棒に当たる。…私は何に当たる?
□不思議の国のひまつぶし。@後編
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鮮やかに彩る絵筆の世界から彼らは扉を潜り抜け
夜空に舞散る星屑へと足を進める
物語の舞台に駒は揃った
後はアリスが見つけるだけ
『…さて、と。そろそろお茶の支度を初めましょうか』
夜空に散らばる星屑が瞬くのと同時に誰かが笑った
◇ ◇ ◇
お茶会で皆と別れたあたしとアーサーは再び森と言う名の緑の中、足を進めていた。木々の隙間から差し込む木漏れ日に目を細目ながらふと、先程別れ際に言われた言葉を思い出してみる。
『星屑の森に行ったらまず“いもむし”を探せ。不思議の国一番の物知りだから必ず力になってくれる』
確か“いもむし”を見付けろと言われた。この国の事を誰よりも良く知る存在だからと。だけどいもむしって一体誰?と言うかそもそも何でいもむしがそんなに物知りなんだ?
どうやら最近のいもむしは侮れないらしい…。
「なぁ…真琴」
「ん?どうしたの?」
「い、いや何でも無い!」
道に転がっている石ころを蹴り飛ばしながらそんな事を考えていると隣を歩いていたアーサーが小さな声で呼び掛けて来た。一体何だろうかと彼を見てみると何故か全力で顔を背けられた。しかもほんのりと耳が赤い。
「そ、その服…」
「ああ、これ?笑っちゃうよね。良い歳した大人がこんなコスプレ顔負けのフリフリエプロンだなんて」
しかも何気に完成度高いのよ、これ。間違いなくプロの犯行と見た。
「い、いや、笑えるとかじゃなくて…別にそんな事無いと思うぞ…」
「いやいやこれはマズイ、流石に。だって凄いフリフリだもん」
フリルが程よく付きバランスの良いふんわりと膨らんだフェミニンなスカートの裾を摘まみながらアーサーを見る。…が、何故かまた目を反らされる。
「…さっきからどうしたのアーサー?」
「え、あ、い、いや別にその格好が結構似合ってるだとかそんなの全然思ってなんかな―…!」
「あ、扉発見!」
「って聞けよばかああああっ!」
「え、聞いて欲しかったの?」
「…もう、いいから。早く行けよばかぁ…」
アーサーが何か言おうとしたけれど、それ所では無い。やっと見つけたんだ、女王がいる“星屑の森”に続く扉を。
項垂れるアーサーの腕を掴んで大きく聳え立つそれに向かって走り出す。
目の前まで来てみると自然と口元が緩むのがわかった。これで“星屑の森”へ行ける。これで帰れる…!
期待を込めてドアノブをしっかりと握る。そしてそれをゆっくりと回―…
「……あれ?」
せなかった。
可笑しい、全然何も起きない所かドアノブが回らない。何これこんなのドアノブじゃないじゃん!
眉を潜めてドアを押したり引いたりしていると後ろからアーサーが顔をひょっこりと覗かせる。
「何だよお前、ドアも開けれねぇのか?」
「んなわけあるかい。…あ、合言葉か!」
いけないいけない。危うく忘れる所だった。気を取り直してあたしは扉に向けて教えてもらった合言葉を唱える。…が、ましても反応は無かった。
「ちょ、酷くない?ねぇ酷くないかそれ?」
まぁ、勿論発音なんて関係無かったわけで、アーサーが唱えても結果は同じだったわけであたし達は途方に暮れるだけだった。
そんな時だった、目の前に見覚えのある生糸のような短い黒髪が現れたのは。
「……花蓮ちゃん!?」
「白兎です」
だけどそんな彼女は先程出会った時と比べて明らか違う箇所があった。小さいのだ。何がと言う訳でも無く彼女自体が。それも多分茶碗にすっぽり入るくらいの大きさになっている。そんな彼女を見てアーサーは少し目を輝かしてこう言った。
「…お前…妖精か…?」
「だから白兎です」
アーサーのお馬鹿な質問には触れず花蓮ちゃん―もとい白兎にこう問うた。どうしてそんなに小さくなったのかって。すると白兎はあたしを見て淡々とこう言うのだった。
「だって、小さくなかったら入れませんから」
そしてそれと同時に扉を指差す。しゃがんで見てみるとそこにあったのは小さな小さな一つの扉。成る程この大きい扉はフェイクだったのか。
「じゃあ早くその薬を飲んで小さくなって下さいね。私は先に行ってますから」
その薬とはチェシャえもんから貰ったあの薬だろうか。どちらにせよこの先を進むにはまたあの胡散臭い薬を飲まないといけないらしい。運が良い事にまだあの薬は残っている。アーサーは訳がわからないと言った顔であたしと花蓮ちゃんを交互に見ている。
「さてと…私はそろそろ失礼しますね。遅刻すると女王に叱られちゃうんで」
早口にそれだけ告げるとあっと言う間に扉をくぐって姿を消した花蓮ちゃん。彼女の後を追えば女王へ辿り着けるだろうか。
「…で、どうする真琴?」
「決まってるでしょ」
アーサーの問い掛けに笑みを浮かべて扉を見る。そしてアーサーが頷くのを見ればあたしは薬を口に含んだ。そして二人で合言葉を紡ぐ。
不思議な星屑への合言葉は?
「「tea」」
そしてドアノブを握る力を強めれば、あたしは勢い良く扉を開けた。
◇ ◇ ◇
扉を開けたそこは、またしても森だった。まぁ、“星屑の森”だなんて言うくらいだからわかってはいたんだけれども。もう少しメルヘンな展開が待ってても良かったんじゃない?さっきの“戯筆の森”と違う所と言えば…空を見上げればさっきまで真昼だった筈なのに満点の星空が広がっている所。
そして、
「Hahahahaー!君がもしかしてアリスとか言う少女かい?」
「隣のは英治…いや、帽子屋とは少し違うな」
「あああああぁぁぁぁ…もう嫌だ…っ」
顔の良く似たドッペルズと見覚えのある中性的な顔つきの青年がいる所だった。
「え、ちょ、おまアメリカ!?何でこんな所にいるんだよ!?しかもアメリカが…ふ、二人…ッ!?」
「そんな訳ないじゃないか。君は馬鹿かい?」
「黙れメタボ野郎!」
…嗚呼神様、あたしはそろそろ死ぬかもしれません。だって!だって今、目の前でリアル米英が…!!
…いかんいかん、危うく自分の世界にGOする所だった。あたしはやっぱりカメラを持って来なかった自分を咎めながらもう一人、アメリカ基アルフレッドに瓜二つの双黒の青年に目を向ける。確か彼は、花蓮ちゃんの…
「光輝君、だよね?」
「トゥイードルディー&ダムです」
にこりと音でも着きそうなくらい素敵な笑顔で言われる。だけど間違いない、彼は米倉光輝君だ。何故彼がいるのかはさておき、そうかトゥイードルディー&ダムだったのか。確かに良く見ればアルと同じ服装だ。
で、残るは一人。
あたしは先程から一向に会話に入って来ない人物に声をかけた。
「…で、君はいつまでそこでコソコソしてるのかな?東雲唯人君?って言うかその格好どうしたの?」
「っ、悪かったですね!ああそうだよどうせ俺はいもむしだよ!所詮全身タイツですよ!」
あ、やっぱり唯人君だったのか。以前学校(シャングリラ)で出逢った時と変わらない敬語に少し安心して口元が緩む。と、同時にやっぱりその緑色の全身タイツにどうしても吹いてしまう。
「ほら、そんなに頭を抱え込まないで唯人君」
「…真琴さん…っ!」
「もっと君は自分に自信を持つべきだよ?と言うか何だその…凄く似合ってる」
「どう言う意味だテメェェ!!表だ!表出ろ!」
おっと口が滑ってしまった。涙目であたしを見る唯人君と言う名のいもむし。そんな彼はアーサーに殴られ「仮にも女性の真琴にそんな口の聞き方はなんだ!」等と言われ、こってりと叱られている。相変わらず不憫だ。そして然り気無くアーサーが一番酷い気がするのは私だけ?
「そう言えば真琴さんはどうして此処へ?」
なんて思って二人のやり取りを見ているといつの間にか隣にいたらしい光輝君が首を傾けながら問う。
あたしは何かを思い出した様に手を打つと未だアーサーの紳士講座を心底嫌そうに受けている唯人君の肩を思いっきり掴んだ。いきなり肩を掴まれビクリとしている唯人君には目も暮れずあたしは言葉を続けた。
「ねぇ唯人君。一つ聞きたい事があるんだけど」
「…は?何ですか?あと痛いです凄く痛いです!爪!爪が然り気無く食い込んで痛いです!」
「君…と言うかこの国で一番物知りなのはいもむしだって聞いたんだけど」
「無視しないで下さい。…ああ、まぁそうみたいですよね」
「あの馬鹿…神原を見なかった?」
唯人君の目を真っ直ぐ見てあたしは言う。きっと彼なら知っているに違いない。いもむしだからでは無く神原の一友人として。後で思えば根拠なんて全然無いのに良くここまで断定出来たなと思うけれど、あたしには何故か確信できる物があった。
すると唯人君は苦しそうに目を反らす口をゆっくり開……かなかった。