犬も歩けば棒に当たる。…私は何に当たる?

□にびいろ
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ひやりと冷たく光るリングは、青白い月の光に照らされていた。シルバーリングに慎ましいダイヤが乗っかっている至ってシンプルな作り。しかしそれと反比例するかのようにそれを付ける意味、私とこれをくれた彼との関係もまた複雑だった。彼は大国フランス、それ自身であり、私のいた世界では国が人の形を成すなどありえなかった。彼ならば国としてそれなりの身分の人間と結婚しなければならないだろう。そして私はいわば異世界人だ、そして国以上に不安定な存在。今までも何度もこの世界から消えては再び現れるを繰り返した。消える周期もここに戻ってくる周期もバラバラだった。しかし、唯一分かる事は段々と消える頻度が上がって、戻ってくるまでの時間が長くなって来ていると言うことだ。つまり、私はいつこの世界と隔絶されてしまってもおかしくない、と言うことだ。彼は相応の身分もここの人間でも無い私と結婚しようと言うのだ。彼だってその意味は分かっていただろう、その意味を理解し覚悟した上でこの指輪をくれたんだろう。でも、私にはその覚悟は無い。国の妻としての役割も彼の妻としての役割も果たせる気がしないのだ。今だって彼の隣にいていいのか不安で不安で仕方が無い。

そんな思いを口にすれば、彼は馬鹿だな、と笑って口付けを額に一つ落とした。馬鹿じゃない、大事な事だよ。と真面目に答えれば君がそれを付けてくれれば今の俺は救われるよ、と笑う。私を抱きしめる腕に力が篭るのを感じた。彼の言う今は私達にとっての今現在の今なのか、それとも彼基準の今なのだろうか。彼の真意は分からない。だけど私は彼に幸せに生きて欲しいのだ。私が生きている間だけは。ずっとなんて無理だろうけど、この間だけは。

「俺の気持ちに答えなくたっていいよ、ただ指輪だけは嵌めててくれないか?」
「それだけで答えた事になるでしょう。」
「正式に答えなきゃいいだけさ。恋人同士が贈り物したって不思議じゃないだろう?」
「そうだけど・・・。」

な?いいだろう?とまた彼は私にキスの雨を降らせた。しかし、駄目なものは駄目だ。そう言うと、頑固者めとむくれ始めた。普段お兄さんを自称する割にこう言うところだけは子供なのだ、自然と笑みが零れる。

「・・・どうして、そこまで付けさせたいの?」
「善は急げ。」
「え?」
「君が居なくなってからじゃあ、遅いんだ。」

俺は君が答えなくたって、これさえ付けてくれれば満足だ。目的の八割が達成されたって言っても過言じゃない。俺といた記憶だけじゃ意味が無いんだ。記憶は見えない、人間は見えないものは忘れやすい。でもこれは形を成している、これの存在だけで俺が居たと分かる。虫よけにだってなるだろうし、君の足枷にもなる。そして俺は幸せになれる。我が儘だろう、と自嘲を含んだ笑みを彼は浮かべた。つまり、彼は指輪を持たせる事によって彼の存在をひと時さえ忘れないように、記憶と指輪で縛ると言う事か。とんだ独占欲だ、と笑うとそうでもしなきゃお兄さんは不安で不安で仕方が無いよ。と笑った。彼はポケットから銀のネックレスチェーンを取り出してスルリと指輪を通した。私が指に付けないと分かっていたように準備が良い。付け終わると指輪にキスを一つ落とし、これは俺の半身だ、と呟いた。

「もし、この世界のものが君の世界に行けるとしたら、俺も行けるとは思わないか?」
「なっ!それこそ問題だよ!国はどうするの!」
「その時はその時さ、眉毛やアントーニョがどうにかするさ。必ず会いに行く。」

絶句する私にまた来るよとキスをして立ち上がり、部屋から出ていった。私は我に返り、そもそも受け取るなんて言ってない!と恐らく真っ赤な顔で叫んでクッションをドアに投げつけた。少し耳鳴りがした。



長年生きているせいか、勘は良く働くんだ。指輪を渡したのは限りなく衝動に近い、結婚を申し込んだのも然り。彼女を留める何かを作らなければと漠然と考えた。しかし、考えの無い考えはそれ以上には決して成り得なかった。太陽の光りに当たって輝く銀色。しかし持ち主のいない銀色はどこか冷たかった。







Present for
ひまつぶし。
弥月えりな様

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