犬も歩けば棒に当たる。…私は何に当たる?

□酒乱と保護者と酒乱
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「誰ですか今の」

「知るわけないでしょ」


彼女の容姿を思い出しながら神原と顔を見合わせ、ぱちりと目を瞬いた。

彼女がトイレに籠もって数分。その間中からは物音がしてこない。
中で彼女がどうしているのだろうか。あまりの事にあたしも神原も、扉の前で声を出せずに居た。

もしかしたら。突如現れた彼女なら、トイレに居る間にふっと消えてしまっているかもしれない。
どうしよう、非常に困った。そんなの心霊現象すぎて怖い。


ともかく、トイレの中に彼女はいるのかいないのか。居れば困るし居なくても困る。
まず声を掛けるにしても、なんて声を掛ければいいかわからない。


「真琴さん……」


目線を神原に送ると、彼もまたあたしに困惑の目を向けていた。そんな顔されてもあたしに何を求めているんだ。
そんな彼を肘で小突きドアを顎で指す。首を捻った彼に小声で言った。


「ノックしろよ」

「俺がですか!?」

「もちろんでしょ!」


ほら早く。そう念を押すと、彼は右手を堅く握って手首を動かした。
コンコンと木と拳の音が響いて、それからまた静かになった。あたしの心臓の音ばかりが大きく聞こえる。
どうなるんだ、彼女はいったい何者なんだろう。ごくりと唾が音を立てて喉を通っていった。


数秒待った後、中から女の人の声がひっそりと響く。


「入ってます」


そんなこたぁ知ってるよと思いながら、一応中に居ることは確認出来たので良しとしよう。

しかし次の問題がすかさま出現してしまう。そう、どうやって彼女にトイレから出てきてもらえるか。
あたしはさながら開国を迫るペリーの様に、様々な方法を考えた。ああどうしよう脅すなんて野蛮な事出来ないわ。


あたしがわたわたとあわてていると、神原の方からなにか音がした。マナーにしてないのかこやつ。
ギターと打楽器かなにかの音楽が流れ始める。多分携帯の着信音だと思うが、何故そんな情熱的な音楽にしたかわからない。

どうやらフラメンコかなにかだとそんな事を思ってあたしの中でそれは解決した。だがしかし。


「ファンダンゴか!?」


突然目の前の扉が開いて、神原の顔面に奇襲を仕掛けた。
まるで神原が吸い込んでいるかのように、扉の角は神原の鼻面に激突する。彼の呻き声が聞こえ、とても痛そうだ。

あたしは扉が動いたのを見ていたから、さっと身を引きぶつかったりはしなかった。


「あ……」


相手の女性もまさかぶつかるとは予想だにしていなかったのか、ぽかんと口を開けている。その彼女と再び目があった。
賺さず彼女はドアを閉めようと腕に力を入れたが、あたしだって負けじと体半分を挟めるのを忘れない。

ちょっとの差であたしの方が早かった。ごすんと変な音が聞こえるが気にしない。
左目だけで彼女を見ながら観念して下さいと笑った。うわあ……と言われたが、それも気にしない。
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