犬も歩けば棒に当たる。…私は何に当たる?

□残雪に願う
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しんと静かな部屋。
机が並んだそこでは、カリカリカリとシャーペンが紙の上で踊る音だけが響く。窓から見える外は溶けるタイミングを逃した雪が積もる、そんな春の中。


じっと私を見ている視線がある……ような気がする。思いこみなんかではなく。

気のせいじゃない。
確実にあるのだ。



私がいるのは学校中の教室とは少し違う、勉強が好きな人の勉強が好きな人による勉強が大好きな人の為に用意されている自習室。
いつも何人かの生徒が利用している、とても画期的な教室なのだ。

図書室とも違うから、どれだけ集中して勉強しても冷ややかな視線なんか浴びないのである。
本を手に持ちこちらをじっと見てる、まだ顔も覚えていない新しいクラスメートと目が合う事もないのだ。
新入生だからとバカにするな。先輩らしき人ばかりだからと怖じ気づかない私に拍手。


進学校だからこそ充実しているこの部屋は、イスの座り心地が最高である。まさかのクッション付き。
防音も完璧だし風邪予防の加湿もばっちり。まさに受験生の為の優待遇。

別に受験生でなくとも勉強するなら利用可能だ。だから私だって使っているのだ。
新入生のくせにとは、言ってはいけないお約束。

部活に入るきっかけを完全に逃した。図書室で勉強する勇気はない。
家に帰ってやることも……実はない。そんな訳で毎日のように利用させて貰っていた。


「先生、ここの問題なんですが……」


廊下ですれ違った事があるような無かったような、かろうじて顔だけ知っている女生徒が静寂を破る。隣のクラスに居たような、居なかったような。

横目でチラチラと確認しながら、私は数学の問題を一つ解いた。なぜ数学がTなるものとAなるものに別れているかは一生の謎だ。
チラリ。密かに女生徒の持つ分厚いテキストに目を向けた。

あ…………三年生だ。
彼女が持つテキストの表紙に大きく書かれた、難関大学過去問題集の文字がそれを主張する。
あと三年もしたら、私も同じ立場でああやって質問するのだろうか。

三年だと、良いけど。


まさに生徒の質問を受けるために居る先生が答えるのを聞きながら、私はさらに別の視線をたどる。
その先には昨日と同じ席に男子生徒が座っていて。私も同じ席に座っている訳だけど、彼は違うのだ。


「くぁ、」


また勉強してない。欠伸を一つしたかと思えば、くるくるとペン回しに必死になっている。


あ。


視線が合わさってしまった。
慌てて顔をそらして数学Aのワークに思考を戻し、しばらくしてまた彼を見る。私と色違いのシャープペンシルを見つめる彼とは視線は合わない。
今のはなんだったのだろう。

まず彼とはあまり話したことが無い。というかクラスも知らない。
上履きを見るに、私のと色が違うから先輩だと予想している。


真面目に勉強しているのかどうかは、よく見ていないからわからないけれど。
ノートに書き込んだ姿をあまり目にした事がない。


あれ、この問題わからん。なんでいきなり一と三が一緒のグループになってるの。

先生に仕組みを聞こうと見回した時、目的の先生が他の……確か音楽の先生だと思われる先生に声を掛けられ席をはずした。
今日は生徒が少ない。居なくても支障はないと判断したのか、先生が一人も居なくなる。


「疲れた……」


なんとなく呟いてしまった言葉と吐き出される溜息。先生が居なくなったから気が抜けたんだ。

もうそろそろ帰ろうか。
時間は何時だろうと伸びをしながら時計を見る。残念ながら電車の時間まではもう少しあった。


ならばもう少し頑張ろうと教室を一度ぐるりと見回してから、置いていたシャーペンを取る。
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