助団長編

□きっと、それが普通
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首根っこをがっしりと掴まれて初めて、綾乃は自分の身の危険に気付く。
おや? おやおや?


椿の手によってがっしりと掴まれた。
母猫が自分の子にするように掴まれたのは、長い髪を掻き分けたブラウスの首襟。
今日ほど彼女が自分の間抜けさを悔やんだ日は無いだろう。


それらが意味するのは綾乃の負け。
敗退、失敗。敗北。でふぇあっと。
惜敗と言えば、まだかろうじて綾乃のプライドは守られたのかもしれない。

しかし綾乃は理解すると同時に顔を青くした。
この戦いでは、負けると危険が等式で結ばれるのである。

ははは、とかすれた声が椿に聞こえたような聞こえなかったような。


無理やり逃げようとして、金髪が笑うようにふわりとゆれた。
今日ばかりは。この髪の所為でと思わざるを得なかったようで。

綾乃は眉尻を下げながらも前髪を睨んだ。


「捕まえました、観念して下さい。今日こそ髪を黒く染めあげます!」

「これは地毛だって何回言ったらわかるの!? 染色こそ校則違反!」

「校則では黒が基本です。それに僕が言っているのは髪だけではありません」

「しつこいな、服装は自由でしょ!」


綾乃は首根っこを掴まれながらも必死に抜け出すための隙を見つけ出そうとして考える。
負けず嫌いだからであろう、何とか床に着く足の力は抜けない。

彼女は必死に周りを探す。残す手段はおそらくあと一つ。

しかし。いつもいつもいらん時には来てくれる彼が、今日は綾乃に味方しなかった。
安形はどこにも見当たらないし、この手をどうにかして離してもらうのも無理らしい。

はぁ、と溜息をつきながらも彼女は体を固定したまま生徒会室への道を拒む。
つま先に力を入れ、少しでもスピードを下げる。


誰になんと言われても、この髪と服装を帰るつもりは綾乃には一切無い。
彼女のその髪には、プライドを掛けてるのだから。

そこで綾乃は、昨日アニメで見たようなあの手は使えないのかと思いつく。
弟達が見ていたあのアニメ。三人もいる中の誰の趣味だかは知りもしないが、お勧めされたことは確かだ。

痛恨のミスとして、彼女はそれが冗談であったことを知らない。


しばらく苦戦した後、彼女は椿の目の前で涙を浮かべ始める事に成功した。
生理的な現象で、わずかに鼻をすすった彼女は、立派な女優である。

ただし、もう一度言うが、彼女の弟達はそれを冗談として伝えていたつもりで居たのだ。


「な、なんですかっ!?」

「つばき、ひどいっ。わたし、うっ」

「な、何故泣く!?」


弟達が聞いたら目を丸くして驚くであろう。姉がばかがつくほど正直だったのだから。
しかしながら、相手は運が悪く椿だったのだ。

空気嫁男と名高い彼は女性の扱いなどまったく知らず。
自分に過失があったのかと慌て始めたのだ。
もちろんそれは綾乃の思い通り、黒いノートを持った青年も驚きの「計画通り……!」の表情である。

まさに悪人顔。
実際は泣き顔であるのだけれど。


「何を泣いてるんですか!」

「だっ、て」

「頼みますから泣かないでください! 乱暴したことは謝ります!」


綾乃が心の中でほくそ笑んでいることも露知らず。
顔を真っ赤にさせて涙目になり椿を見上げる綾乃はもはや本当に泣き始めている。
女子の体の不思議とでも言うべきか、彼女は自分が泣かされるような環境であると錯覚さえし始めていた。


椿の手は緩んで、今や綾乃を泣かせてしまったと慌ていた。
なんとか機嫌をとろうと、彼女は女性だったという事を再認識して忘れていたかのように。

いや、事実忘れていたのかもしれないけれど。


本格的に椿が混乱してしまい、流石にやり過ぎたかと冷静になった綾乃。
どこら辺で切りあげるべきなのかを鼻をすすりながら考える。

弟たちはそこまで教えてくれなかった。


椿にはなにがあったのかと疑問の視線と、なんで女子を泣かしてるんだよという目線が突き刺さる。
彼の混乱は熱を上げて行き、顔を真っ赤に染め上げていく。


「そろそろ鐘鳴るぞ綾乃」

「あ、惣司郎ナイスタイミング」

「会長……え、どういうことですか!?」


安形が綾乃の肩を叩いていじめてやるなと制すれば、綾乃の涙は嘘のようにぴたりと止まる。
実際真っ赤な嘘だったわけだが。

彼女にとってよい止め時が見つかったようで喜んでいた。


それを目にした椿が信じられないと言う顔で目を見開く。
顔の温度も急速に落ちていった。


今までのが演技だったと気付いてしまった椿は再び怒りを再発させる。


「……椿、お前大丈夫か?」

「僕はいつでも平静です会長」


鐘が鳴るまであと三分ばかりしか残っていなかったが、椿が綾乃に掴みかかるには十分だった。しかし、彼女も怒った彼に気付くには時間の余裕があったらしく。

いつにも増して激しすぎる戦いが繰り広げられる朝になったのだ。


素直に捕まっておけばお互い面倒な事にならなかったのにと思うのは、安形だけではあるまい。




二話
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