助団長編

□それは自分で仕掛けた罠
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「坂城先輩……?」


 小さな声でまた呼んだ。
 椿の視線の先には、最初見たのと同じように綾乃が居る。

 いつもおとなしいのおの字も無い綾乃が、小さく寝息を立てていた。
 最初こそまさか死んでしまったのかと慌てた椿だが、彼女の肩が上下しているのをみて安堵する。


 なんて事だろう。綾乃が寝る姿など想像も出来ず、いつも動いてないと死んでしまいそうな彼女に椿は動揺が隠せない。

 イヤホンを耳に付けたまま目を閉じている彼女。
 音楽に浸っているのかと小さく名前を呼んでも、反応は無い。やはり寝ているのだろう。


 椿はイスの前に立ち、綾乃に降る光を遮る。光を反射していた髪やまつげが光るのを止めた。

 うるさくないだろうかと、椿は彼女の耳にはめられているイヤホンを見る。
 長いコードは綾乃の手の中にある音楽プレーヤーに繋がっていた。
 彼は彼女の手の中に見える再生ボタンを押す。漏れていた音楽が止む。


 起きるかと思ったが、まったくその気配が無いのに驚いた。
 彼女が息をするたびに肩が上下して、随分と深く眠っているようだった。
 窓から入り込んだ風に、金色の髪がさらさらと揺らされる。


 大人しくしている姿が珍しすぎて、何か一つの芸術品でも見ているようだ。椿は息を呑む。


「綺麗、だな……」


 何も言わなければ、ギャーギャーと文句を言わなければ、綾乃は綺麗の部類に入る。
 いつもこのように大人しくしていれば、自分は彼女を追いかけ回したりしていない。

 そう思うと、椿は胸のあたりがもやもやと曇る。
 彼は腰を曲げて、座る綾乃と頭の高さをそろえた。


 俯いている綾乃の顔がよく見える。


「いつもそうだったらいいのに」


 起きていたら怒られるであろう言葉を掛けてみる。呼吸は乱れない。
何の気なしに、椿は綾乃の手に触れてみる。少しばかり椿より冷たい。

 そう言えば冷え性だとか言っていたっけ。今度生姜でも渡してみよう。
 この前の事を思い出した椿は、滑らかで柔らかい彼女の手を撫でる。


「小さいな……」


 自分よりふた周りも小さな綾乃の手を握った。強く握れば折れてしまいそうで、椿は慌てて手を離す。

 肩を叩いて起こしても良いかと思ったが、どうしてか彼にはそれができなかった。

 さてどうしよう。
 起こすという考えそのものが浮かばない椿は、代わりに当惑した表情を浮かべる。


 ゆらりとカーテンが誘うように揺れた。
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