助団長編
□意地悪というより悪趣味
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こうしてまた二人きりになった綾乃と椿。仕事をしている椿に話すことも特になく。
シャーペンが紙の上を走る音。時々止まってはペン先で机を叩く音がリズムを取っていた。
調子に乗ってきたのか、椿の鼻歌も小さく聞こえてくる。
綾乃が全然知らない歌。リズムを聞く限り、それはどうやら古い歌の様だった。
その鼻歌をぼんやり聞きながら、綾乃はそこで何かをひらめく。まだぼやけた考えだったが、それはあっと言う間に形になっていった。
椿の鼻歌が最近CMで流れる曲に変わったとき、綾乃は座っていた椅子から立ち上がる。
「どうかしましたか?」
急に立ち上がった綾乃が気になったのか、椿は綾乃に声を掛ける。
珍しいなと驚きながら、彼女はゆっくりと椿のほうへと移動した。
逆光になり、椿から綾乃の表情はよくわからない。
だが、いつもの様に笑っていることは予想出来た。
「椿って」
「はい」
「睫毛長いよね」
はぁと椿は軽く流し、一度綾乃に移した眼をプリントへと戻す。質問の意味がよくわからず、いつものように無視へと変わった。
なにを言っているんだこいつはと、思いすぎてもはや口にも出ない。
綾乃はその反応に驚かず、むしろ予想通りだと笑みを深めた。
無視をされてもへこたれない。そんな彼女は相当肝が据わっている。
「椿は何座?」
無視。今度は目も向けられない。
寂しいと感じるのは最初だけで、綾乃はすぐにまた口を開く。
「椿の好きな食べ物ってなに?」
やはり答えは無い。
綾乃の視線は椿の目元と手を交互にみて、些細な変化を感じ取ろうとしていた。
綾乃が浅雛の机に座る。ちらりと椿がそれを見たが、咎める言葉は無かった。
「お寿司? ステーキ? グラタン? ケーキ?」
「……」
「ビーフストロガノフ、蟹、パスタ、もち、みかんゼリー、うどん、」
つらつらと上げられる食べ物に、途中椿の手が止まる。
それを見逃さなかった綾乃が、さらににやにやしながら椿の顔を見た。
彼は反応を示してしまったのが恥ずかしいのか、ばつが悪そうに眉根を寄せている。
「なにかあたった?」
「…………」
「蟹、パスタ、もち」
「…………」
「みかんゼリー、うどん」
「……」
「みかんゼリー」
「……っ」
ピクリとまた動いた指に、ついにこらえられずに笑い出す。懸命に堪えるが、震える肩が抑えられない。
涙目になった椿の目が、キッと綾乃を睨んだ。