助団長編
□恐怖に煽られ
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こつり。
いつもと変わらない道を一人で歩く。
日はもうだいぶ後ろにあって、長い影も暗がりと溶け合ってしまいそうだった。
夕方過ぎぐらいの住宅街。時々風に乗ってくる夕飯の香りが、綾乃の空腹を刺激する。
この家は焼き魚。その後ろはハンバーグ。なんて下品にも嗅ぎ分けたりして。
いつもこの時間、人は滅多に通らない。
この住宅街は彼女が幼い時から住んでいるので、顔見知りしかいない。必然的に近所の生活サイクルを体で覚えているのだ。
「そろそろ夏本番だねぇ」
耳にはめたイヤホンから流れるお気に入りの曲に気分をよくしながら。綾乃は肌で感じた気温に、思わず独り言を呟いた。
突如、ぶつりとイヤホンの音が消える。
サビのあたりで消えた曲を不審に思い、彼女はそれを外した。自然に足も止まる。
ポケットから出したミュージックプレイヤーの画面は、本来曲名を表示しているはずなのに真っ暗だった。
「電池切れた……」
がっくりと肩を落としたが、家ももうすぐ。彼女は気を取り直してイヤホンを片付け始めた。
ふと、視線をあげる。感じるはずがないが、見られて居る気がしたのだ。
そして感じるはずがないのに、綾乃が視線を移した先には人間が居た。
見慣れない制服を着た高校生。遠目だがズボンだから当然男子だろうと予測した。
珍しい。ここらに越してきた人だろうか。
そんな事を考えながら綾乃はまた歩き出す。
イヤホンを外した耳は外の音を細かく受け取る。
例えば、後ろで聞こえる足音とか。
この先は綾乃とその隣の安形の家しかない。それよりも先は住宅街の子供達のための公園があるだけだ。
綾乃の中に少しずつ不信感が募る。
あの男が何をするためにここらを歩いているのか、疑問に思い始めていた。
まさか迷子のはずがあるまい。住宅街と言ってもあまり密集した所ではない。
この先の十字路で曲がらなければ、そろそろ、なにか怪しい。
痴漢注意の看板を横目で見ながら、彼女は信号機の無い十字路を横切った。
そこに建てられたカーブミラーを、ちらりと盗み見る。
曲がれ、曲がれと念じた綾乃の思いも虚しく。
綾乃の後ろ姿を見た青年が真っ直ぐを歩いていた。