「有沢あ」

「はいっ」

「来週の土曜の練習なんだけど」


そろそろたつきの部活が終わる時間で、教室でぼーっとして待っていた俺は、グラウンドの隅にある、空手部の部室に向かった。
渡り廊下に差し掛かったところで、たつきと、たつきを引き止めた男をみた。
なんとなく出にくくて、歩みを止める。


しばらく二人をみていたが、最初は土曜の部活の話、そしてだんだんと雰囲気が和み、談笑しているようだった。
俺はなんだかそれがおもしろくなくて、少し顔をしかめた。



「あ、」

俯いて固まっていると、男が通る声で反応したので、またそれに反応して顔をあげた。

男につれてたつきもこちらを見て、あ、という表情をみせた。

そのあと男は笑いながら、たつきに何か言ったようだったが、うまく聞こえなかった。
たつきはそれを聞いてまた笑って何かを言った。


多分あの男は、昔からあいつが慕っていた一つ上の先輩だ。
あの男の前では、たつきはずっとにこにこしている。



「ごめん一護、今荷物整理するから」

たつきは少し声を張って、俺に伝えた。


たつきが部室に走った後、男は朗らかに手を振ってきたので、渋々軽く頭を下げた。

前に、あいつと一人の女が楽しそうに昼飯を食べていたところを目撃したときから、どうも気にくわない。
別に、そんな下心を持って接しているわけではないと思うが。


「ごめん、待った?」

「いや、全然」

「嘘だ、あ、先輩」

「おっ、」

「お疲れ様でした!」

「んおーお疲れー」


またにこにこした顔で挨拶をかましたこいつを、憎むことはできない。


「へへへ」

「お前あいつ好きなのかよ」

「…好き」

「はあっ」

「いや人として尊敬すると」

「…そーかよ」

「しかも先輩ずーっと付き合ってる彼女さんいるし」

「狙ってんじゃねーか」

「違うってば 男の思考と一緒にしないでよ餓鬼くさい」


なんだか心底馬鹿にされた気がしてならない。
言い返したくても言い返せない。


「さって約束どーりいっぱいドーナツ食べさせてもらうからー」

「頼むから程々にしろ」

「やだ、あたし今日のためにお昼少なめで部活頑張ったんだから」

「そこまでやるか」

「あたしをナメないでちょーだい」


ふふん、と得意げに笑ったたつきに目を奪われた。
なんだこいつは。畜生。


「織姫も誘えばよかったかなー」


俺だけを見ろとか、そんなことは思ってない。
別に尊敬する人間が男だってどうでもいい。
なのになんでこんなに胸糞悪いんだろうか。


むしろあんな奴より、俺の立場の方がずっと、


ああでも なんとなく分かったような気もする。


きっと自分でも悔しいんだ。


お前の特別になれないことが。









「一護、これめちゃくちゃうまい」

「じゃあよこせよ、一人でもりもり食いやがって、むが」

「はい」

「いきなり口に押し込むな馬鹿野郎」

「きゃー間接きすぅ」

「…」

「うわ顔赤っ、きもっ」

「うるせーな!つーかお前、」

「なに」

「さっき何言われたんだよ、ほら、あいつに、去り際」

「え?あー、」

変わらずもりもりドーナツを口に入れるたつきだったが、その表情は曇った。


「あんたのこと彼氏?って聞かれた」

「は」

「もーあんたのせいでからかわれた」

「…そーかよ」

「なんか後輩くんにも言われたんだよね、やだやだ昔っから、同じことばっか言われて」

「…じゃあもう俺を放課後に付き合わせるな」

「えーでもゲーム勝てば奢って」

「俺はお前の親じゃねーぞ」

「…ていうかあたし、あんたといるの嫌じゃないのよね」

「…そーかよ」

「別に何言われてもどうでもいー、はい次チョコ系!」

「よく食うなお前」

「織姫ほどじゃないわよ」


でも
俺もこいつと同じで、こいつといる時間が凄くすきなんだ。
きっとそれは、このままでも、ずっと本当の気持ちを言わないままでも、同じだと思う。
そうして仕方なく、それで甘んじてるんだ。

なんて言い訳を考えてみたものの、俺は人間なんだ。
ああ、面倒くさい。


「ねーこの後駅前行こうよ」

「いいけどよ、またなんで」

「いや、なんか新しい喫茶店開いたらしくて。今度織姫と行こうかって言ってたんだけど、どんなもんかなって、見ておきたくて」

「なるほど」

そうして俺はいわゆる下見というのに付き合うことになるらしい。
それでもやっぱり、嫌じゃないことに腹が立つ。


「それじゃそれ食ったら行くぞ」

「えーあと一個!」

「お前な…」


ねだる顔に俺はさっきの男に対する嫉妬をまるで忘れて、すっかりいい気になる。
そう、自覚はあるのだ。

あと少し、あと少し、
こいつとこのままでいたくもなってくる。




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