「まだ帰らないんですか」
「まっ、待ってくださいよ、まだ来て10分も経ってないですよ」
「私少し失礼しますね」
「ああっ、そんな」
「早くお帰りになってください」
「嫌です!今日も閉店まで居座りますから!」
馬鹿な人。
私がいつも戻ってこないことなんてわかってるくせに。
「新撰組の局長さぁ〜ん」
「よーやく妙ちゃんがどいたからここあたし〜」
「じゃあ隣あたしい〜」
私より三つほど若い、最近入ってきた女の子達が、あのゴリラの両脇と、正面、そして次々に女の子が囲んでいった。
そのゴリラは真ん中で、どうやら焦っているようだった。
あの人はここでは私の為にしか、お金を使わない人だから。
「近藤さあん、あれいきましょーよー」
「い、いやあ」
「お願い〜」
「でも、お妙さんの為にしか、お金は使わないって、決めてるんです」
焦りを交えて放たれた彼の言葉に、新入りの三人は驚いた顔をした。
今まで自分に貢いだ客は数知れず、それなのにこいつは。とでも思っているのであろうか。
他の女の子達は、それを承知の上で更にアピールを続けた。
「でもぉ、近藤さんてモテるでしょお?」
「新撰組の局長さんだも〜ん」
「しかもすっごい優しいし〜完璧〜」
私は隣の席で別の客の接待をしながらも、そのこびた声を逃さずに聞いていた。
というか、聞こえてしまったという方がきっと正しい。
「確かにお妙ちゃんは美人だけど〜」
「近藤さん本当は彼女いるんじゃないんですかあ〜」
なんで、そんな話
私が聞かなきゃならないの
「い、いませんよ」
「怪し〜い」
「本当ですって!」
「じゃーあー、あたし近藤さんに指名してもらえるように頑張っちゃおーかな〜」
「あたしも!」
「絶対私達のがいいよぉ」
「い、いや、あの」
なんだか私は耐え切れなくなって、席を立った。
「すみません、少し失礼します」
私は妙に甲高い女共の声が、非常に耳障りだっただけ。
「ほら皆、団体のお客さん入ったわよ」
「あっ、妙ちゃん」
「こんなゴリラ一匹に構ってないで早く行って」
「なになに、妙ちゃん嫉妬?」
「違います」
「またー」
「いいから散る!」
「ちぇ〜」
私の一声で、周りを囲っていた女の子は皆別の客の方へ行った。
変に騒がしいし、店の回転も悪くなるし、儲けはないしでずっとこのままでも良いこともない。いい加減そういうことも考えてほしいものだ。
「あ、ありがとうございますお妙さん!」
「別にあなたのために言ったんじゃありません、だから早く帰ってくださいとお伝えしたんです」
「はい!」
「私お隣りにお客様がいらっしゃるので、」
「お妙さん、好きです」
来店した客の席につこうと散っていく女達は、一気に私に目をやった。
こういう場で大声で言えることを、容易く信じろと言うのだろうか。
「…今日はお帰りください」
「はい!」
「…次回は皆さんで、たっぷり呑みにきてくださいな」
「…はい!」
陽気に返事をして、席をたち、私を見ながらにこにこと手を振って帰っていく。
馬鹿な男。
そんな男の後ろ姿を見ながら私は、
楽しそうに笑う、にぎやかな男達と、
私の隣で大きく笑う、男の姿が目に浮かんだ。