青く凛と
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自然が売りの区営公園は区営の癖に遊具が少ない。代わりに充実した多様な樹木のお陰で、春こそ花見で賑わうらしいが、他の季節は閑古鳥だ。
その公園も、テニスコートが一面備わっているのが唯一の救いらしい。整備はあまり行き届いて居ないが、それ故に本格的にテニスをしたい人の使用が少ない。だから今日も小学生が楽しそうにテニスをしていた。
リョーマはファンタを片手に、点が決まる度に声を上げる小学生達をぼんやりと眺める。
随分と楽しそうだな、とらしくもなく思う。僅かな羨望さえあるのは、それだけ、テニスを取り巻く環境が変わったからだろう。
ただテニスだけに勤しんでいたいけれど、それが叶わない。アメリカ行きのチケットと、青学レギュラーの顔が頭に過り、ついため息が漏れた。
今日は、それにしても暑い。眉を寄せてパタパタとシャツで風を煽っていると、「あー!」とコートから声が上がった。
ミスをしたらしく。大きく軌道を外したボールが寄り掛かっていたフェンスをも越えて行った。
無意識にそのボールを追ったリョーマの目線の先には、知った姿が見えた。
けれど随分とこの公園にはそぐわない存在だけに、首を傾げる。
その人物、跡部景吾はラケットは持参して居なかったのか、右手でボールをキャッチした。ボールは跡部の手によってコートに返され、
「ありがとうございます!」と小学生達の気持ち良いお礼が聞こえた。
「青学は、こんな所も練習場所か」
何故か隣に立った跡部が言った。
「猿山の大将こそ、何でこんなとこにいるわけ?」
「その呼び方は止めろ。さすがのお前でも名前くらいは覚えてるだろ」
「氷帝学園部長の跡部景吾サンが何の用?」
わざとらしく言い換えると、跡部はふん。と不機嫌とも面白がっているとも取れる反応を返した。
「ここは俺様のランニングコースの一つだ」
「へぇ」
頷きはしたが、氷帝とはそれなりに離れていることに気が付いた。まあそもそもが普通とは違う人だ。どうでもいいかと納得したが。
「お前は何してる」
「別に。ロードワークの途中に寄っただけ」
「随分と余裕だな」
「ただの休憩中」
「そんなもん飲んでか」
「ケチ付ける気?人の好物に」
「牛乳でも飲んだ方が身のためだろ」
正直にムカついた。跡部にファンタの空き缶を突き付けて。リョーマが踵を返すと、
「おい」如何にも文句のありそうな跡部の声と
「お兄ちゃん達!」
コートに居た小学生達の声が重なった。
跡部はともかく、高音のユニゾンの方は無視をする訳にも行かず。リョーマは渋々と振り返った。
「お兄ちゃん達、テニス出来る?」
聞いたのは四人の小学生の内の一人で、唯一の女の子だった。向日葵の付いたゴムで髪をひとつ結びにしたその女の子は、随分とキラキラと目を輝かせている。
「まあな」
「まあね」
リョーマと跡部が答えると、女の子は満面の笑みを浮かべて、ラケットを差し出した。
「テニスやりません?」
「「は?」」
女の子は返事も聞かずに、跡部とリョーマの腕を掴み、コートへと引き入れた。
状況がどうであれリョーマにとって跡部とのテニスは、正直魅力的だ。手塚と張る実力を持ち合わせているのだ。テニスはしたい。よって
「ねぇ、やろうよ」
リョーマは挑発的な笑みを浮かべて言った。
その言葉に跡部は呆れたように息を吐いたが、女の子は逃さなかった。
「わたし達とやってくれるんですね!」
パァ、と今度は顔を輝かせた女の子に、リョーマも跡部も違和感を覚える。
更に女の子は、リョーマと跡部を対面に立たせた。何故か二人の男の子もリョーマと跡部の隣にそれぞれ加わる。
まさか。と思う。陣形には覚えがあり、嫌な予感しか無い。跡部との試合を、単に見せろと言ったと解釈したのに。
「わたし達とお兄ちゃん達でダブルスです!」
決定的な宣言に、リョーマと跡部は眉を寄せた。
仕方がなしに始まった小学生との混合ダブルス。こうなれば早く終わらせるしかないと、対角の跡部に放ったツイストサーブは、期待を裏切り、返された。
「スゲー!」
小学生達から上がる感嘆の声がコートに妙に響く。
「随分と手抜きだな」
けれど跡部の上からの言葉にはムッとしたリョーマは、また際どいボールを返した。
そこからは、リョーマのペアの少年Aと跡部のペアの少年Bを無視した応酬が始まった。寧ろそれが、初めからの望みでもあったのだが。そう上手く行かせてくれない。
「オレ達も混ぜてよ!」
自分達の頭上だけを飛んでいくボールを見るのは、さすがに飽きたらしい。少年Aの声がコートに響き渡る。それを切っ掛けとして、他の2人までもが声を上げたから余計にややこしい。
そもそも、子供が苦手だと、自分自身を棚に上げて思うリョーマと跡部にとってこの状況は芳しくない。例えば、桃城や菊丸、鳳辺りなら一緒に遊びながらテニス。も出来ただろう。不二や忍足ならあっさりとかわすことも出来る筈だ。
けれどどちらも得意とは言えないのだから、どうにも手詰まりだった。
「お兄ちゃん!」
急かすその声に、リョーマも跡部もふぅと息を吐き。けれどもう仕方がないと諦めて、軽くラケットを握りなおした。
のだが。
「フォームがなってねぇ」
勝敗の着きそうもない軽い打ち合いを続けて居ると、少年AとBに苛々した跡部が言った。指導をする気らしく、さすがあれで部長なだけはあると感心さえした。リョーマの目から見ても、跡部の指導は的確だ。多分。
「カッコいいなぁ」
名ばかりの審判に回っていた女の子が、打ち合いの中断を見てコートに入って来た。
女の子のうっとりとした視線の先には、跡部が居て。小学生でもそう言う感情はあるらしい。
「あっ!お兄ちゃんもカッコいいよ」
「……どうも」
リョーマの微妙な返事に女の子がふふ、と笑う。
会話を聞いていたらしい跡部も、ふっと嫌な笑みを浮かべリョーマを見た。跡部の言いたいことは何となく、分かる。
「わたし達ね、中学に入ったら青春学園のテニス部に入るの」
その告白に、跡部はピクリと眉を上げ、リョーマは
「ふーん」と頷いた。
「青学って強いでしょ?特に今年!試合観てたら本当にスゴかったんだよ?」
その割に、プレイヤーの顔までは覚えていないらしい。ミーハーな騒がれ方を嫌うリョーマにとっては、有り難くさえあるが。
「本当にスゴいの!カッコいい」
「そう。オレ達、青学のレギュラーになるんだ!」
跡部が指導していた男の子が声を上げる。
「その頃の部長って誰なんだろうねー。手塚さんみたいな人ならいいのに」
手塚の名前は知っているらしい。さすが、部長。と声を出さずに呟いた。
「うん。ボク達がこれからの青学を支えたいんだぁ」
純粋な言葉だった。
その純粋な想いに、手塚から言われた
“青学の柱になれ”
を思い出した。
最近、と言うより高架下のコートでのあの試合から、ずっと忘れたことのない言葉。
けれど、迷いがあった。”青学の柱”になることへ。目の前の小学生のように青学を支える、と純粋には言えない。
「お兄ちゃん、どう思う?」
聞かれて、リョーマは微笑した。
「いいんじゃない?」