青く凛と

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「景吾さん」

父親に呼ばれ父親の仕事部屋に入ると居たのは、婚約者だった。
跡部自身は認めていないが、家同士が決めた跡部景吾の最良の相手であるらしい。
ひとつ年上の彼女の名前は、亜梨沙。栗色のふわりとした髪をなびかせ、肌は白い。目は髪の色と同じ薄い栗色。物腰の優雅さかも身に付けていて、確かに良家の子女としては完璧なのだろう。

「いらしてたんですか」

跡部が言うと、亜梨沙は「ええ」とニッコリと笑みを返した。

「私が招待した。お前と亜梨沙さんの仲が進展して居ないと聞いたからな」

父親は、デスクに置かれたパソコンから目も離さずに言った。

「仕方ありません。景吾様はとても忙しいお方ですから」

「いえ、至らない息子で申し訳ありません。
景吾、今日は亜梨沙さんと夕食へ行きなさい。店は手配してある」

有無を言わさぬ提案だった。提案、と言うより強制だろう。気は進まないが、仕方がない。
たかが夕食と割り切れば、後々小言を聞くことも、彼女のご立派な両親から抗議の目を向けられることも無いだろうから。

「……お付き合い下さいますか?」
跡部は社交的な笑みを浮かべて言う。

「楽しみです。とても」


時間と場所を伝え、亜梨沙は一旦帰ることになった。
彼女が部屋から出ると、跡部は早速と父親へ向き直る。

「随分と強引ですね」

「不都合なことがあるか?」

「何度も言いますが、オレは彼女を婚約者とは思えません」

「彼女の何処に欠点がある。家柄も、器量も申し分無い」

「俺の気持ちは無視ですか」

わざとらしく刺を持たせ、言った。父親はパソコンの蓋を閉じると厳しい目付きを跡部に向ける。

「私からも何度も言うが、お前は跡部財閥の後継者としての自覚を持て。
今は部活にしても好きにさせて居るが、何れは全てをこの跡部財閥に捧げることになるんだ」


空調の音が嫌にハッキリと耳に付く。今の発言からはテニスさえ、跡部の学校生活さえ否定されているようで。あまりの言い様に、跡部の目も父親に負けず劣らずキツクなっていた。


「”跡部”の為なら息子の人生は軽視されても良いとでも?」

「自己管理も出来ないお前に何が出来る。
結局は私達の後ろ楯が無ければ一般的な中学生が送る生活さえ出来ないだろう」
「決め付けないないで頂けますか」

跡部が言うと、父親はふっと、まるで馬鹿にでもするような笑みを浮かべた。

「では、やってみたらどうだ。せめて普通の学生の生活を」


文句は溢れ出る程ある。結局、父親は息子、と言うより自分の後釜として、跡部を見ている。それが宿命なのだと、分かっては居るが、やはり気分は悪い。

”跡部”の家のレールの上で無ければ何も出来ない、そんなことを思われるのも侵害だし、決して何もかもを親に頼りきりの箱入り息子でも無い。


父親が言いたいだろう、庶民の生活など今までは無縁だと思っていたが、父親を見返す為なら敢えて体験してやろう。
所謂庶民の普通の、学生に出来て跡部に出来ない筈が無いのだから。
そう、決意した。



けれど、今の時点ではやはり庶民の学生生活、跡部にとっては掛け離れ過ぎている。
決してひとりではままならない、なんて事は無いが。一応は講師が必要かもしれないと溜め息を吐く。
初めは氷帝レギュラーの誰かに協力させようと考えたが、それは直ぐに止めた。跡部に遠く及ばないとは言え、氷帝に通う生徒はそれなりの家柄だ。例えば大会での対戦校の生徒達と比べるなら庶民、とは程遠い。
何より、万が一講師をされることで、からかいのネタにでもなれば普段の部活も、指導も、理不尽極まりなくなるだろう。支障だらけだ。
だからと言って他にアテも無い。

知り合いの顔を浮かんでは消す行為を繰り返すことにもいい加減鬱陶しくなっていた。

こうなれば余程気に入らない奴以外で適当に見繕うことにしようと。
跡部は執事の運転する車窓から見える景色を意気揚々と眺めた。
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