青く凛と

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待ち合わせ場所指定を間違えたらしい。
夏の日差しが眩しい昼下がり。普段ならば平和な光景の筈だったのだが。
リョーマは、駅前で繰り広げられる、いわゆる男女の修羅場を心底呆れて、見つめた。

「どうして電話もメールも無視するのよ!」

「キンキン騒ぐな。大体そんなの迷惑だからに決まってるだろ」

「最低よ!」

いくら見た目が老けていても、中学生のする喧嘩ではないと思う。しかも、公衆の面前でだ。
チラチラと興味深そうに眺めながら、けれど関わりたくないとばかりに距離を取る通行人達。今すぐにでも便乗したくなる。

収まる所か過熱する女姿に、ガリガリくんでも買ってひとりで帰ろうかと本気で葛藤したが、後で何を言われるか分からない。
仕方がなく用がある、彼女に本気で面倒そうな顔をする、男の方を急かすことにした。


「TPOって知ってる?」

声を聞いた男、跡部景吾は、不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。女の方は、不機嫌と怪訝が混じった表情でリョーマをじっと見つめる。
通行人の視線は、突如現れたリョーマにも不躾に向けられた。

そんな状況を冷静に考える程、面倒臭さが増していく。はぁと大袈裟に溜め息を吐き出した。

「常識をお前に問われるとわな」

「駅前だよ、ここ。しかも真っ昼間」

「ああ、おい、てめえも聞こえただろう」

跡部が彼女に醒めた声で言う。彼女は、(恐らくルックスは悪くない)目に涙を溜めて、跡部をキッと睨み付けた。
対して跡部は至って涼しげな、寧ろ冷たい態度で、他人であるリョーマでさえ気分が悪くなった。

「もう、本当に最低な奴!今後私に近寄らないで」

そんな台詞を怒鳴り付けて彼女は去って行った。
いつもより、駅前が嫌な静けさに包まれたのは絶対に気のせいでは無い。

「誰も近寄りたいなんて思ってねぇよ」

「アンタに夢中になる人の気が知れない」

「ふん。未熟だな」

「その未熟に講師を頼んだクセによく言うよ」

「おい、ところで何で駅の前に集合なんだ」

「電車乗るからに決まってんじゃん」

「ああ?」

「金持ちって電車乗ったこと無いんでしょ?」

跡部に庶民の講師を強要されたものの、何を講師すべきなのかを考えていた。どこかに連れて行け、と言われても全く検討が付かない。
けれど、たまたま従兄弟の菜々子が観ていたテレビドラマが、庶民の女が金持ちの男と恋をする内容だった。タイトルは確か【恋を買う】タイトルからして下らないそのドラマで、金持ちの男が女に手を引かれて電車に乗っていた。初めて乗った、と言う男は普通の電車がかなり新鮮なようだった。
「菜々子さん、金持ちって電車に乗らないわけ?」
菜々子に聞くと、
「移動は運転手付きのリムジンらしいですよ」と返された。
成る程、講師することは多いかもしれないと、途方に暮れて。最初の”庶民 体験“は電車に乗る、にしようと決めた。


「まず、切符ね」

切符の券売機の前で足を止める。人の多さに既に、うんざりしている様子の跡部は

「おい」と低い声を出した。
「目的地まではいくらだ」
「さあ、自分で調べなよ」 リョーマは金額の書かれた路線図を指さして言う。跡部は一応、料金を探そうとしたが直ぐに

「細けぇ、分かりづれぇ」と文句が飛んだ。

「大体、お前と目的地は一緒だろ」

「オレはSuica持ってるし」

「あ?」

「果物じゃないから、念のため」
馬鹿にされたと解釈したのか、しばらくリョーマにキツい目線を向けていたが。チッと舌打ちをして、財布を出した。ブランドには興味も無いリョーマには分からないが、見るからに高そうではあった。
その財布から出した一万円札を券売機に入れようとしている。
「何してるの?」

「面倒だから、一番高い値段を払う。それなら文句ねぇだろ」

当然、文句はある。

「こんなに安くて大丈夫か?」

「アンタ、庶民の生活勉強するんでしょ」

「ああ」

「……」

券売機の前で立ち往生したままの二人を、迷惑そうに避ける人込みの中から、跡部はセーラー服を着た女子を捕まえた。

「おい桜宮駅はいくらだ?」
その女子は跡部を見上げ、瞬時に顔を紅潮させた。慌てて取り出して、画面と睨めっこした携帯で調べたのか
「640円です」
震える声で告げた。

「分かった」

「あのわたしも一緒に!」
「いや、いい。値段を聞いただけだ」
跡部が言うと、その女子はショックを受けたように、小走りで行ってしまった。
平然と切符を買う跡部を信じられない、と見つめる。
仮に青学の部長がこの人だったら、あらゆる方面から文句が飛ぶだろう。首を捻るリョーマに
「行くぞ」短く声を掛けて改札口へ行ってしまった。
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