青く凛と

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「跡部」

榊の呼び出しから帰ると、宍戸と忍足が呼び止めた。その表情は如何にも心配そうなもので、跡部は小さく苦笑いを浮かべた。


場所をサンルームに変える。と言ってもただ単に忍足と宍戸が付いてきただけなのだが。
サンルームには、跡部達三人を遠巻きに、大勢の生徒がチラチラと視線を送って居た。そんな視線には慣れているから何とも思わずに、早速と忍足が話題を切り出した。


「留学の誘いがあるってほんまか?」

身を乗り出すように尋ねる忍足に対して、跡部は足を組み頬杖を突いたままだ。全く持って何とも思っていないと誇示するようなその態度に、宍戸は余計に心配が増す。幼なじみが故に跡部の性格を昔から知っている。跡部景吾だからこそ無理をするその姿は見るに見切れ無いのだ。

「ああ、本当だ」

跡部の手元には、茶封筒がある。榊から渡された封筒の中身は英国でのテニス留学の為の詳細だ。
手塚にドイツ留学の話があるように、跡部の元にもそれは来た。最も、手塚とは事情は違うのだ。跡部には跡部財閥と言う、宿命がある。

「どうするんだ?」

「行かねぇよ」

跡部は即答した。

ただ、忍足も宍戸も、跡部のテニスに賭ける情熱は知っている。テニスがどれだけ好きなのかも、だ。
跡部は事も無げに、忍足に茶封筒を押し付けた。

「跡部」

「悪くもねぇが、俺はこれから用事があるから帰るぜ」

「何や、またどっかのお前に夢中な子とデートか?」
「今度は何日続くんだ?」
宍戸は呆れたように、忍足は面白そうに聞いた。
跡部はそれにニヤリと笑みを零した。



今回も庶民の生活の手解きを受ける日だった。但し、越前には今回は責めて喫茶店レベルにしろ、と前回を思い出して言うと、本当に喫茶店を指定された。
あの越前が、こんな店を知っていたのかと思う程にはまともな店だ。

外観は、白塗りの壁に深緑の煉瓦造りの屋根。鈴の付いた押しドアは、木製だった。
中に入ると、打ちっぱなしの天井に傘の付いた丸い電灯のオレンジ色の灯り。店内に流れるクラシックジャズ。何より程よいコーヒーの薫り。

電車は気に入らなかったが、今回は気に入った。
跡部は待ち合わせには不向きな、入り口に背を向けて座る越前に近付いた。今日は放課後が故に学ランだ。
何かに目を落としていてその何かを覗き込むと、アメリカのテニス施設や、宿舎が載ったパンフレットだった。
つい先程、同じようなパンフレットに目を通した身からすれば、越前リョーマにもテニス留学の話があるのだろうと理解は出来た。
不本意ではあるが、今回の大会を通して一番の活躍を見せたのは越前だ。それも当然だろう。

気配を漸く、感じたのだろう。越前が首を後ろに捻り、跡部の姿を認めると、らしくも無く、パンフレットを慌てて隠そうとした。が、直ぐに見られていたことに気が付いたのだろう。馬鹿らしくなったように溜め息を吐いて、パンフレットを閉じた。

「待ち合わせの時間には30分早いんだけど」

越前が若干、不満そうに言う。

「お前こそ早いじゃねぇか。遅刻魔の名は返上か?」
越前の向かいに座り、言ってやる。
想像通り不機嫌そうに唇を尖らせる越前は面白い。跡部はふっと笑い、店員を呼んでコーヒーを頼んだ。

「留学するのか?」

聞くと、越前は意志の強い、その目を伏せた。頬杖を突いて小さく溜め息を吐き
「さあ」とだけ答える。

越前にしては曖昧な態度に、この間の小学生とのテニスをした日を思い出せば、抱えていた悩み事の本質が見えてきた。

要は、青学でテニスをする為に残るか、アメリカで本格的にテニスをするかを悩んでいるのだろう。
手塚が、越前に絶大な信頼と期待を寄せているのは知っている。手塚にその気は無くとも所謂“青学の柱”が、越前を縛るには十分な言葉だったらしい。

やはり、傍若無人には撤し切れていない。これで、意外と周りを気にするのかと感心さえした。
越前は、グラスに入っていたオレンジジュースを飲み干した。じっと、自分を見たままの跡部にいい加減我慢がならなかったらしい。「なに?」
と不機嫌丸出しで声を尖らせた。

「いや。ただ、意外だっただげだ」

「なにが?」

「青学は、そんなに大切か?」
越前は聞かれたことに驚いたように目を丸くして、それから微笑した。
その笑みの柔らかに今度は跡部が驚いた。

越前の笑みと言えば、生意気なものしか知らないのだ。こんな風に笑えるならば、もっと出せば良いのだ、と思う。

「大事だよ、オレにとっては」

越前がそう言った所で、頼んだ珈琲が運ばれて来た。湯気が立つ、その向こうで複雑そうな表情で外へと視線を外した越前を見て、思い出す。


電車で出掛けた時、父親の提案(命令)を話した跡部に越前は寂しそうだと言った。インサイトを得意とする跡部が逆に見抜かれた事には、僅かに動揺さえしたが、指摘されたことで自分の未熟さを痛感させられた。
だがそれは決して不快になることは無く、ただ単に跡部自身が苦い感情に気付かされた一件だ。
越前が何故そこまで跡部に気付かせたのか。それは恐らく、同じだったからだろう。

テニスを続けるが故に、その力を何処で発揮するかを悩む越前と
留学も打診されたテニスさえも捨てて、跡部財閥の用意された道を進むべきか悩む跡部との違いこそあるが。

進路を迷うと言う意味では、そこにテニスも含まれると言う意味では、やはり同じだ。

だからこそ。似ているからこそ妙な気分がするから、余計な世話も焼きたくなると言うもので。


「お前は俺に寂しそうだと言ったが」
跡部は切り出した。

「お前も寂しいから、迷っているんじゃねぇのか。
柱まで任された青学から離れるのが」

越前は目を見張った。否定の言葉も出なければ、言葉より雄弁なその目や表情が、確かに寂しそうなものに変わった。だから図星だろう。

越前の性格ならば寂しいなどの感情を他人に知られるのは好ましくないだろう。何より他人にその感情を気付かされるなど。

まあだが、これで電車での一件とおあいこだ。


跡部は、珈琲を一口運び、小さく息を吐く。その味は中々に旨く、店の雰囲気とこの味にまた足を運ぶことを決めた。

「ねぇ、試合を離れてのアンタのインサイトってやつ、感じ悪いよ」

「ああ、それなら、この間の電車でのお前はどうだ?」

「……アンタとオレって、ホントになんなの?望んでもない心理戦なんかして」

「さあな」

跡部が肩を竦めると、越前もそれに倣うように首を捻った。

やはり、訳が分からない。
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