青く凛と
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天気は曇り。普段よりもじめりとした暑さが身体に纏いお世辞にも良い気候だとは言えない。
越前リョーマとの庶民体験。今日は、ゲームセンターだと指定された。その店先に立っているだけでも、漏れてくる騒音は鬱陶しい。あんな騒音の、チープな場所にわざわざ足を踏み入れる奴らの気が知れない。
チラチラと視線を浴びながら越前を待つが一向に来ない。電話で釘を刺したにも関わらず、既に10分の遅刻だった。
時間にルーズな奴は大抵がだらしない。常に10分前行動を念頭に置く跡部にとって、遅刻など持っての他だ。氷帝の部員が遅刻をしようものなら厳重な罰を与えたし、例えばデートで女が遅刻したら、次は無い。そんな跡部を、天下の跡部景吾をこんなにも待たせるのは越前だけだ。
「チーッス」
「おい、また遅刻だぞ」
学ラン姿で現れた越前の顔には、反省の色が見られない。何故こうもマイペースなんだと、ほとほと呆れる。
「……ゴメン」
腕を組んだまま、仁王立ちをする跡部にさすがにマズいと思ったのか、呟くように言った。
越前が来たことで更に過熱した視線が若干、面倒だ。いくら慣れていて、多くの視線を浴びるに相応しいとしても。
「とりあえず入らない?」
何故か先に越前に促された。
ゲームセンター内に入ると、やはり騒音が酷かった。あらゆる機械が発する音が重なり、跡部にとっては耳心地悪い。
リョーマは店内の中央で足を止めて、くるりと跡部を振り返った。
「なにやる?」
「気が進まねぇな」
「は?」
「頭まで響く騒音が、鬱陶しいんだよ」
「ああ、アンタってずいぶんと繊細なんだね」
思わずムッとした。
まるで憐れむかのように言われて、簡単に引き下がれる筈がない。
跡部は店内をざっと見渡した。イチイチ名前は知らないが、音のゲーム、シューティングゲーム、カーチェイスのゲーム。見た目からその内容は何となく、分かる。随分な種類が並んでいて、客が熱心にゲームを講じていた。
「そんなに身構えなくても」
「誰が身構えてるって?」
「面食らってはいるよね?」
嫌味なほど口が達者なルーキーだ。眉をピクリと動かし、唇を引きつらせると、越前は勝ち誇ったような、あの生意気な笑みを浮かべた。
結局は、カーチェイスのゲームを選んだ。フェイクの運転席に座り、ハンドルを回す。ゲームが始まると、越前は躊躇いもなくアクセルを全快に踏み込み、隣を走る跡部の車にぶつかって来た。
「てめぇ、何しやがる」
「そういう勝負だから」
たかが、ゲーム。されど勝負となれば、跡部景吾が負ける訳には行かない。恐らく経験の差はあるが、そんなものはどうってこと無い。跡部もハンドルを大きく回し、越前の車を弾いた。
それからは、かなりの真剣勝負に持ち込まれた。タイムも勝負展開も面白いらしく、気付かぬ内に注目を浴びていた。
「勝負事となると、見境の無い奴だな」
「人のこと言えないよね、アンタ」
つまりは互いにテニスを離れても負けず嫌いではある。簡単に諦める輩より、ずっと良いと、自負して居るし、越前についても、その評価はして居るが。
ゲームは結局、同着で幕を閉じた。
チラリと合った視線。越前の目には、悔しさが浮かんでいて、どんなものにしろ勝ち負けに拘る姿勢がよく分かる。
互いに小さく息を吐いた。
「次は何だ?」
跡部が聞くと、あれ、と越前が指をさした。その先にあるのは、太鼓をタイミングに合わせて叩くらしい、ゲームだった。
バチを両手に持って、2人並んで曲を選ぶ。知り合いにこの光景だけを、切り取って見られたらどれほど異様に見えるだろう。少なくとも、レギュラーの一部は笑うと思う程滑稽ではある。
越前は画面をじっと見ながら
「全然、知らない」と呟いた。
ゲームを始める為の曲を迷っているらしい。
「適当に選べ」
「投げやり」
「たかがゲームだろうが」「ふーん。たかがゲームね、なるほど」
なにか言いたげな目に、跡部は眉を寄せた。
ゲームは当然、高い難易度を設定し始めた。跡部にとっては初めての経験ではあったが、中々に面白い。音楽のあらゆる賞も受賞しているのだ、この程度のリズムは容易く取れる。
隣の越前も中々で、ミスが無い。最終的な点数は負ける訳にも行かず、時折越前をちらりと見やりながら太鼓を叩いた。
「中々だな」
「たかがゲームに熱くなっちゃって」
「ああん?」
「たかがゲーム、なんでしょ?さっきも随分と熱心だったけど」
「煽ってんのかお前は」
「もっと面白くなるなら、望むところだよね」
それからは言うまでもなく、更に集中をした。また、いつの間にか暇な観衆が集まって来て、時々要らぬ応援が飛んだ。
跡部は観衆が居れば居る程熱くなるが、越前は鬱陶しいとばかりに不機嫌な表情を浮かべていた。
「ところで、これってなんの曲なんだろ」
「知らねぇな。適当に選んだんだろ?」
「なにかのアニメのテーマソング?とか書いてあったような」
「興味がねぇからな。忍足辺りならともかく」
「あの人ってアニメとか観るんだ」
「雑食だからな」
「青学だと……英二先輩とか?」
言いながら、越前は首を傾げた。
そんな実の無い会話を挟みながら、叩いていたゲームは終わった。ある程度の腕の運動にはなった、と跡部がバチを置くと、「まだあるよ」と越前に指摘された。
結局、あと2ゲーム、躍起になって越前と2人で、太鼓を連打した。
本当にこれではまるで庶民だと、自分の姿を冷静に見つめて思った。そこら辺に溢れる学生と、なんら変わりがないじゃないかと。
特に不満な訳では無いが、そんな自分を見つめるのは妙に擽ったい。決して恥じている訳では無いのに。今までの生活ではあり得ないからこそ、違和感があった。