短編

□捧げるフォロー
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「お前なぁ。少しは遠慮しろよなぁ」
隣りでハンバーガーを頬張る後輩を、溜め息混じりに嗜める。後輩、越前リョーマはちらりと桃城を見上げニヤリと笑った。
「負けたらおごるって、約束したの桃先輩でしょ」
ハンバーガー代を賭けにするテニスでの勝負は、定期的に行われていた。今まで殆ど勝ったことが無いと言うのに、それでも賭けの材料としてしまうのは単に試合をするよりも楽しみを加えた、が大方の理由。けれど、生意気な後輩とこうして一緒に寄り道をするのが楽しいというのも紛れもない事実だった。
最近では越前の事情、によりその回数は減ってしまったが。

「だけどよぉ、いきなりツイストサーブはねぇよな、ねえよ」
「桃先輩だってダンクスマッシュ使ったじゃないッスか」
3つ目を口に全て放り込んだ越前はもぐもぐと動かしながら、言った。
「次は絶対に勝つからな」「まあ目標を立てるのはいいんじゃないッスか。次もオレが勝つけど」
生意気な、けれどらしいそれに、桃城は越前の髪を強引に掻き混ぜる。越前は不機嫌そうに睨み付けたけれど、タイミング良く携帯が鳴ったことによりその視線が外された。ポケットから取り出し携帯を見た越前は、僅かに眉を下げ、何か考えるような表情を浮かべた。
何となく、と言うよりもほぼ確実に電話を掛けている相手が分かってしまい、桃城は思わず苦笑する。言葉数は他人に比べれば多くなくとも、越前の目は案外分かりやすく、浮かべる表情も素直なのだ。特に、電話の相手に対しては。

「出ないのか。跡部さんだろ?」
「なんか、イヤな予感がする」
「いいから早く出ろよ。粘るだろ、跡部さん」
越前は、暫くの間画面をじっと見つめていたが、息を吐いて携帯を耳へと当てた。
『なに』
その不機嫌そうな開口一番は本当に仮にも恋人に向けたものなのか疑いたくなる。これで上手くやっているのは十分過ぎる程知っているのだが。
『ああ、今日だっけ。忘れてた。
……桃先輩とハンバーガー食べてる。
ハァ?意味分かんない。いいから大人しくしてろよ』
察するに越前が約束を忘れていた、と言った所だろうか。それに跡部が怒り…そうまでは行かなくとも今すぐに迎えに行くとは告げているのだろう。
何とか収めようと憎まれ口を挟みながらも説得し、漸く理解させたのか大きく息を吐いて携帯を置いた。

「いいのかよ」
「強引なんだよ、あの人。そりゃあオレが約束忘れてたのは悪かった……けど」
呟やいたような言葉は感情が隠し切れて居なくて。どれだけ憎まれ口を叩いても、結局は越前が抱える思いを知っているからなのだろう。その姿が可愛くさえ見えてしまうのは。

最初こそ、越前リョーマの相手が氷帝の跡部だと知ったときは反対をした。特に3年の先輩たち。乾は得意のデータで跡部の今までの素行を報告し、菊丸はどうてしまったんだと騒ぎ、大石や河村は心配そうに、不二は恐怖さえ感じさせる説得を何度となく越前にしていた。それでも越前は折れることも無く、平然と跡部との付き合いを続けた。その越前の、付き合いによる変化や表情に、仕方がなく皆納得して行ったのだが。

「悪かったって思うなら、素直に謝れよ。大体、跡部さんに会ったら俺が睨まれるんだよ」
「放っておけばいいじゃないッスか」
出来る筈が無い。手塚や、不二辺りならともかく。他校であっても年上で、あの氷帝の部長。しかも帝王と呼ばれる、俺様の性格。……何より越前のこととなると。以前受けた被害を思い出し、桃城は強く首を振った。

「俺は無事に全国での試合を戦いたいんだよ」
「大げさ」
「とにかく、お前と跡部さんのことに俺を巻き込まないでくれよ」
それに越前は嫌そうに桃城を見上げ、言った。
「部長と同じこと言わないでよ」
普段は厳しく、表情ひとつ変わらない絶対的な部長の顔を思い出した。越前が跡部と付き合い始めてから何故か戸惑う他のレギュラー陣を横目に一番の理解を示し何かと世話をしている手塚には、そんなイメージから掛け離れていただけに衝撃を受けた。恋愛というものには疎そうだが、もしかしたら、だからこそ良かったのだろうか。

「言われたのかよ」
「部長は俺、じゃなくて周りに、迷惑をかけるな。だったけど」
「ああ、部長らしいな」
飲み干したシェイクに刺さるストローを噛む越前はやはり拗ねているようで、本当に部長や自分を含め、周りの苦悩を気の毒にさえ思ってしまう。けれど、それでも心配で仕方がないのは、何だかんだと言ってもこの越前リョーマを可愛がっているからなのだろう。

「桃先輩にも部長にも、迷惑かけてるつもりないんすけど」
越前の言葉に思わず苦笑して、その頭に手を乗せる。
「だったら素直になれよなぁ。そうしたら跡部さんだってもっと穏やかで居られるんじゃねぇの?」
「……こっちが折れたみたいでヤダ」
思わず肩を落とす。負けず嫌いを、何もこんなところまで発揮させないで欲しい。越前がこの様子では諦めて相手に託したいが、やはり向こうも一筋縄では行かない厄介な性格だ。これではお互いに苦労しそうだ、と思わず苦笑した。苦労は、こちらにまで降り掛かるから他人事では無いのだが。
「跡部さんは越前が選んだんだろ?俺たちは反対したのによ」
「選んだことには後悔してないッスよ」

「当たり前だ。俺様が相手なんだからよ」
唐突に聞こえた声は、変わらず堂々としたもの。桃城は思わず立ち上がり、越前はわざとらしく溜め息を吐いた。

「リョーマ、帰るぞ」
否定など最初から用意されていない言葉。それでも越前が素直に頷く筈も無く「桃先輩と帰るから」
返した強がりはやはり自分に降り掛かったと頭を抱えた。本当に面倒なふたりだ。

「ああ?おい桃城。こいつは俺様と約束してたんだ。とっとと帰れ」
「分かりましたよ」
鞄とラケットを持って言えば、越前が睨み付けた。この理不尽さには、残念なことに慣れてしまったから、それは軽く受け流す。

「今日はお前が悪いんだろ?また明日な越前。寝坊すんじゃねーぞ」
「ハクジョウモノ」
背中越しに耳にした声に思わず溜め息が漏れる。それでも、暫くしてもう一度振り替えれば越前の何処か嬉しそうな顔が見えて、今度は全く違う意味で息を吐いた。

今まではレギュラー陣の中でも、特に自分は越前と一緒に居た自覚はあった。越前も自分には気を許している、と思うのは自惚れでは無いだろう。弟のようであり、後輩ではあっても友達でもあり、そんな越前と居るのは素直に楽しかったのだが。外へ出ると、店を見上げ自然と苦笑を漏らした。
今一番、越前の傍に居て、越前があの生意気を向けるのはすっかりと跡部に変わってしまった。それは寂しく何処かに悔しさも覚えるけれど、それでもふたりを見ていれば良かった、今でこそ思える。時間は随分と経ってしまったが。

不意に鳴った携帯のサブウィンドに表示された名前は越前リョーマ。不思議に思いながらも出てみれば
『桃先輩、ハンバーガーごちそうさま』
前振りもなく告げられた礼に、思わず吹き出した。自分の反応に不機嫌な声が返って来たが、それは何の効果もなく。

越前の姿をハンバーガーショップの窓の向こうに認めて、桃城は笑みを浮かべた。やはり越前は可愛い後輩で、放っておくことは出来ないと。
跡部は確かに怖いが、それでも何かあったときは、越前の為に駆け付けてやろう。そう決意と覚悟を決めて踵を返した。

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