短編

□図書館のルールは守りましょう
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放課後の図書館はある程度の静けさを保ちつつ、緩やかな時間が流れている。
その中でリョーマはカウンターに肘を付き、ペラペラとテニス雑誌を捲っていた。

図書委員と言う、自分にはどうにも合わない委員会の、当番の日だった。サボり癖の付いた当番も、今日ばかりは、まあいっか、と真面目に努めている。

理由は、大半が恋人のせいであった。

誰彼構わず突っ掛かるな、声を掛けるな、との言葉に、子ども扱いを嫌うリョーマが臍を曲げた。そこから発展した喧嘩は今もズルズルと続いていて。
それを知った不二と菊丸の2人が、随分と楽しそうに絡んでくるから、部活も今は正直面倒になった。

だからやっぱり跡部のせいだ。


「越前君、返却と整理に行って来るから、受け付けはお願いね。今日は利用者も少ないし」

もうひとりの図書当番である女子生徒が、返却された本を乗っけたカートに、手を掛けながら言う。
先輩である彼女は随分と真面目でリョーマの分までテキパキと動いていた。だから当然文句もなく。
頷いたリョーマに、彼女はニッコリと微笑して、行った。


暇だ。と欠伸をする。
確かに今日は、人が少ないのかもしれない。忙しいよりはいいが時間は持て余す。
寝たいな、と常に持ち合わす睡眠欲が湧いたが、1度ここで寝た時に、こってりと叱られたことを思い出し、仕方なく、伸ばした腕に右頬を乗せるだけに留めた。
当然、眠気に襲われたけど。



キャー!と響いた黄色い声と、騒めき。

突然なんだ。ここ、図書館なんだけど、と顔を上げたリョーマの目の前に、見知った顔が現れた。
驚きでカウンターに膝をぶつける。

「景吾……」

口から漏れた名前。それに満足そうに笑ったのは、紛れもなく今の不機嫌の理由である一応、恋人だった。

「えっ。なんで青学に」

仮にも氷帝学園の生徒会長で、テニス部の部長で。しかも氷帝のブレザーとこの容姿。何よりその存在感も合わさって、目立つこと、このうえない。

「お前が音信不通だから会いに来てやったんだろうが」
「……ふほうしんにゅう?」
「お前は、他に何か言えねぇのか」

睨まれても、跡部の望むだろう言葉は言えないし言うつもりもない。
この人には常識が欠けているんじゃないかと、改めて思い知らされた。


「あのさ、帰ってくれない?」

何故かカウンターの上に足を組んで、腰を下ろした跡部に言う。
相当数の視線と囁きが、すごく鬱陶しい。ここは図書館なのに、だ。だからリョーマは全うなことを言ったと自負をしたのだが、甘かった。

「ハッ。それが久しぶりに会った恋人への態度か」
「ちょっと!」

慌てて跡部の口を左手で塞ぐ。
公共の場で恋人、などと触れるなどどうかしている。いや、元がどうかしている人だけど。でもさすがに限度を超えている。

いくらリョーマが睨み付けても効果が無いようで。
もういっそのこと、自分がここから出て行こうと、立ち上がったのだが。カウンターを乗り越えて来た跡部に、あっさりと捕まった。

そのまま、有無を言わさずカウンター奥の書庫へと押し込まれる。キャー!と興奮した叫び声を背にして、一応扉は閉めてくれたが、所詮は薄い木戸だ。たかが知れている。

本棚に身体を押し付けられ、逃げないように跡部の両腕がリョーマを囲み本棚へと伸ばされた。

もう本気で、許す気を無くした。と言うよりあんな喧嘩はどうでも良い程に今回の暴走が上書きされた。
平穏な学校生活にどうしてこうも波風を立てるんだろうこの人は。

「どけよ」
リョーマは冷たく言ったが、直ぐにその唇を塞がれた。
跡部の感情とは反対のヒンヤリとした唇を容赦なく押し当てられる。

「景吾ッ」
文句を言おうとうっかり開いた口に、跡部の舌が入り込んで来た。

ヤバイ、と危機を感じて、跡部の胸を必死に押したが効果は無く。口腔内に押し込まれる舌も加減を知らず。本気で息も苦しくなって来た。
リョーマは、何とか後ろ手に、本棚から本を掴み、それで跡部の頭を叩いてやった。

「痛てぇ!」

僅かに身体が引いて、それを逃すまいとするりと跡部の両腕から抜け出す。
跡部から距離を取ったリョーマは、おまけとばかりに近くのテーブルにあった時間の狂った置き時計を投げ付けた。
見事にもキャッチされて終わったが。

「リョーマ……」
ドスの利いた低い声で恨めしそうに呼ばれたが、こちらが反省する要素などない。
ふん、と不機嫌丸出しに顔を背けた。


薄い扉の向こうからは未だに消えない、図書館らしからぬ騒めきが漏れ聞こえる。
明日には尾びれも付いて噂になることだろう。不二と菊丸にも絶対にからかわれる。手塚や大石には過剰な心配をされるかもしれない。最悪だ、ホント。


「本気で怒らせたいのか」

言葉とは裏腹に、既に本気だろう跡部がジワジワと近付いて来る。

「それ以上近付いたら3ヶ月接触禁止にするから!」

思い付きの宣言は、予想以上に効果があったらしい。ピタリ、と動きを止めた跡部に、リョーマはやれやれとため息を吐いた。

これならもう大丈夫だろう、と前進して跡部を叩いた本を拾う。国語が苦手なリョーマでも名前を知る、日本を代表する作家の本だった。

跡部を見上げる。青い双眸に見えるのは、僅かな後悔、と言った所だろうか。

「反省した?」
「……仲直りしに来たのは事実だ」

仲直り、なんて跡部の口から出ると可愛いかも、とさえ思う自分は相当毒されているのだろう。リョーマはひとり苦笑した。

青学に乗り込んで、しかもここまでの暴走は簡単に、もういいよ、と言えるものではないが。
それでもリョーマ自身も仲直り、をして、会いたかったのは事実だと、跡部の顔を見ていると思い知らされる。

ちょっとくらいは譲歩してやろうか、と考えていると薄い木戸がバン!と大きな音を立てて開けられた。


入って来たのは、ワクワクと顔を輝かせる菊丸と、カメラを構える不二で。
うわ、と心底嫌な声が自然と漏れた。

「なんすか?」
「うん、おもし……大変なことになってるって聞いて駆け付けたんだにゃ」

面白い、って言い掛けただろ。絶対に心配とか、そんな生易しさから来る行動じゃない。
どうしてくれよう、この厄介な先輩達を、とリョーマは顔を歪めた。

「で?喧嘩はどうなった?仲直りした?」

「余計なお世話なんだよ、テメェらは。毎回毎回、興味本位で踏み込んでくるんじゃねぇよ」

跡部の意見にほぼ同意だったが、それを素直に口にする程命知らずでは無い。
不二の微笑の向こうに潜む恐ろしさ。それをゾクリと感じて、リョーマは跡部の足をコツリと蹴った。

「何するんだお前は!」

「あーあ可哀想、跡部」
「越前、手加減しなきゃダメだよ?」

不二と菊丸の態度にさすがに我慢がならなかったのか、跡部はチッと舌打ちをした。それから何故か、リョーマが持ったままの、跡部を叩いた本に目を配らせ。そしてニヤリ、と笑みを浮かべた。

嫌な予感がする。なるべく跡部から距離を取ろうと再び後退したリョーマの腕を、跡部が掴む。
そのまま引き寄せられ、至近距離で顔を覗き込まれる。

まさか、不二達の前でキスをされるんじゃ、と。
「ちょっと景吾!」咎めたが。跡部は優しく微笑を浮かべるだけだった。

その笑みにうっかり見惚れたのは、やっぱり毒されているからだと思う。

「景吾?」
首を傾げたリョーマに、跡部は口を開いた。


「月が綺麗だな」

跡部の甘美な声が、耳を擽る。けれど言葉の意味が全く分からずに、昼間なのに月?とかいきなり何?とか多くの疑問を浮かべて。
「は?」と首を傾げた。

同じく菊丸も、「え?月?」と頭の上に疑問符を浮かべていた。

「うわぁ……、惚気られた。充てられた」

不二だけは心底嫌そうに、文句を言っていたが。


湿気と埃に包まれる書庫。独特の匂いに囲まれて、跡部は心底満足そうに笑っていた。
結局その場は有耶無耶に片付けられたが、その後不二から跡部への当たりが、よりキツくなったのは、また別の話だ。



月が綺麗ですね=I LOVE YOU と、あの時リョーマが持っていた本の作家が訳したことを知った時、恥ずかしさからの怒りでまた喧嘩をするのだが。
それもまた別の話。

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