青く凛と

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 今日は庶民体験の、報酬でもあるテニスをする日だ。場所は跡部邸の室内コート。越前はコートを見るなり「スゴいっすね」と呆れたように言った。



試合では無い、ただの打ち合いのつもりでも、自然と白熱をしていた。越前と向かい合えばそれが当然かのようにだ。

クーラーを利かせた室内でも流れる汗。上がる息。全国大会を終えた3年生、という立場であり留学も断ることを決めている、今の跡部にとっては、越前とのテニスは唯一の刺激と開放を感じられる。
跡部も越前も当然ペースを緩めることをせず、全力だ。たかが打ち合いで現れる疲労感。まだルーキーである越前には部活もある筈だが、夢中な当の本人は全く気にせずの精神らしく、寧ろ跡部の方が適度に留めろと気にする始末だった。

それでも尚
「どんどん行くッスよ」
と宣言をする越前は随分と楽しそうだ。
コートの外でも十分に人を惹き付ける人材ではあるだろうが、こうしてコートに立つと越前のオーラは桁違いに跳ね上がる。

越前と手合わせしたプレイヤーは誰もが越前を認めることや、越前のプレイを目の当たりにした者も鮮明な記憶として刻まれることも。その惹き付けるオーラを証明している。
何より越前リョーマは、この跡部景吾が認めているのだ。桁違いなのは当然だ。プレイヤーとしては僅かな嫉妬心さえ覚える程に。


「程々にしやがれ。お前は明日も部活だろ」
「嫌だ。大体それって跡部さんが自信がないだけじゃないの?」
「……生意気だな、相変わらず」
「で?やっぱり逃げるんだ」
「望むところだ。受けて立ってやるよ」
跡部がニヤリ、と口角を上げて。越前がサーブの為にボールを上げたところで。

「跡部〜!」
ズカズカとコートに入り込んで来た唐突な、底抜けに能天気な声に邪魔された。

調子を崩した、それでもある程度の威力を持ったサーブボールをラケットで叩き付けるように打ち落とす。越前は当然不服そうに、跡部もまた不機嫌に、視線を邪魔をしたソイツらへと向けた。
居たのは忍足、向日、宍戸、ジロー。手っ取り早く説明するなら休日で暇を持て余せた3年レギュラー陣の4人だった。

「何しに来やがった」
跡部の低音の追及は綺麗に無視をして。


「あー!越前リョーマ!」「あっホントだぁ」
「何で青学の越前リョーマが?」
「どないしたん?こんな所で」
向日や忍足達は越前を見付けて騒いで居た。いや、正確には騒いでいるのは向日だけだが。

じっと見つめられ、居心地が悪かったのか越前は視線は外して
「どうも」と挨拶とはとても思えない越前なりの挨拶を短く呟いた。

「どうも〜。久し振りだね」
「いや、どうもじゃねぇって!何で越前が跡部ん家に居るのか聞いてんだよ」

ジローの呑気な挨拶と、向日のしつこい追及が室内コートに反響する。
ネットを挟んだコートの手前に跡部を含めた氷帝陣、コートの奥に面倒そうにさえ見える越前と、妙な構図になっていた。

「何でって、見ての通りテニスしてるんすけど」

「そんなこと聞いてるんじゃねぇよ!な!侑士」
「そこでこっちに振るんかい。…越前、俺達は跡部と越前が一緒にこうしてテニスをする関係なのか聞いてるんよ」
「誰とでもテニスぐらいするでしょ?」
「だから根本的な話を聞きたいんであって!あー埒があかねぇ!説明しろよ跡部」

氷帝陣と、明らかに面倒そうな越前に説明を促す視線を向けられる。
だが跡部とて面倒な上に、何より、越前との関係を説明しろと言われてもと、溜め息を吐く。そもそもは越前に庶民の講師、を頼んでいると言うことになるのだが、その件はプライドもあり話したくは無い。だが、それを隠した代用の関係も思い付かないから、本気で面倒くせぇと舌打ちをした。
忍足と向日、宍戸は「なんで舌打ち?」と顔を顰めたが、ジローだけは何故か顔を輝かせて首を傾げる。

「あっもしかして、友達?」

あまりに突飛な発想にそこに居た全員が「……友達……」と反芻した。つまりはそれ程、あり得ない発想だった。特に跡部と越前と言うこの特異な2人を並べれば。

しん、と静まり返ったコート。そこで吹き出したのは向日で「いやいや、この2人が友達って。なあ侑士」と笑いながら言った。
「また俺に振るんかい。まあ岳人と同意見やけど」
向日と忍足のコンビに、越前は大きく溜め息を吐く。だが、越前本人もその意見には否定も出来ないからだろう。文句は無いようだった。

このジローだけが期待を込めた目で見てくる状況で。跡部はまあ丁度よい、と鼻を鳴らした。実際は友達なんてものとは掛け離れている気がするが、他の関係性も思い付かない今。乗っかることが最善策ではあった。
「ああそうだ、友達だ」

跡部の肯定に、忍足達は声を上げ、越前は迷惑そうに跡部を見上げ、ジローは嬉しそうに「良かったね!」と笑った。
何が良かったんだ。




「マジマジ、すっげー!」
ジローがコートの上で飛び跳ねて声を上げる。
向かい合っている越前の顔もまた輝いていた。

越前が「もうどうでもいいから試合しようよ」と挑発したことによって。越前を中心としたシャッフルマッチを行うことになった。
皆が越前との試合に乗り気で、打ち合いを途中で中断された跡部は、面白くはなかった。アイツらが来るまでは跡部だけに、向けられていた挑発や高揚と言ったあらゆる表情が今はすっかりアイツらへ向けられている。

「越前、まだ俺様との打ち合いが途中だろ」
跡部が言うと、越前はラケットを肩に担ぎながら
「跡部さんとはいつでも出来るじゃん」と当然のように言った。
越前の反応に何故か悪い気もせず、跡部は「せいぜい負けないように頑張るんだな」憎まれ口は忘れずにベンチに引き下がった。
隣に座った忍足が、何故か含み笑いをしていたことは気に掛かったが。


越前対ジロー戦。ジローは当然、審判に回った向日、ベンチで観戦している宍戸もまた越前との試合に興奮しているようだった。
跡部もまた夢中になっていたのだが、
「さすがやな越前」
忍足の感心するその声に隣を見た。

すっかりハイテンションのジローに、惜し気もなく得意業を披露する越前。ボールの弾む音やインパクト音が室内に響いている。

「天性のテニスプレイヤーってああ言う奴を言うんやろうな」
「何だよ急に」
「跡部も思ってるやろ?人を魅力するプレイやって」
思っているも何も、さっきまで打ち合いをして改めてそれを感じていた。
やはり越前リョーマは飛び抜けたプレイヤーだと。

それは今ここに居る氷帝陣さえ証人になる程だ。


「楽しみやな、プロとしての試合が」

忍足の、何気なく自然と呟かれた言葉に、跡部は苦笑する。

それは越前が、青学とアメリカでのテニスを迷っていることを知るからこそだ。
確かに、周りは越前が躍進することを望み、期待しているだろう。それが当然で、アメリカを勧めるのが必然なのかもしれないが。
どうか跡部は越前にアメリカに行け、と後押しをすることは出来そうも無い。

越前のあんな表情を知っているからであって、跡部自身も進路を迷う身として、簡単に解決は出来ないと知っているからだ。



試合が終わった越前と視線が合った。満足気なその顔に釣られるように小さくふっと笑う。跡部のその反応に、越前は首を傾げていた。


越前の決断は、越前だけのものだ。誰かが助言することでは無い。だから自分だけは下手に手は出さずに見守ってやろうとひとり、頷いた。
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