青く凛と

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「もしもし」
『越前、俺だ』
「は?誰」
『分かってて言ってんだろ、お前』
「まあ、そうだね。そんな名乗り方すんのアンタくらいだし」
『素直に会話を進めようって気がないのか』
「そっちこそ、普通に名前言って本題に移れないの?」
『イチイチ話を戻してんじゃねぇよ。本当にお前は手間がかかるな』
「手間がかかるのは、アンタでしょ。勘違いするなよ」
『ああ、分かった。喧嘩売ってやがんのか。何なら喜んで受けて立ってやるぜ』
「ご勝手に。で、なんの用?」
『また流しやがったな……。今日だが、予定が早く終わって20分は早く着きそうだ』
「だから?」
『だから?って。じゃあ早く行くね、の一言も言えねぇのか』
「うん。予定通り行くから。じゃ」
『おい越前!』

呼び止める声を無視して、通話を切る。
電話を終えて顔を上げると、興味津々と言った様子で自分を覗く不二と菊丸と目が合った。場所は部室だ。聞かれるのは仕方ないけど、とため息を吐く。

「おチビ、今の電話ってこの前電話してた人と一緒だよね?」

菊丸に聞かれて、そう言えば前も部室で電話したことあったけ、と思い出す。
ついでに菊丸からは楽しそうだ、とお墨付きをもらったことも。
たかが電話に、こうまで興味を持たれるのはそのせいか。だとしたら……なんかヤダと眉を寄せた。

「あーその相手って、越前が無理矢理携帯持たされたって言ってた?」

「よく覚えてるっすね」

「嫌がる越前に携帯持たせる、なんて変わったことする人が気になってたからね」

不二が柔らかな笑みを携えて言う。相変わらず全てを見抜かれているようで、良い気はしない。リョーマが苦い顔をすると、ふふ、とまた笑われた。なんなんだ。なにが言いたいんだ。

「ねぇ手塚、どう思う?」

部誌を書いていた手塚に、不二が声を掛けた。
顔を上げた手塚と目が合う。押し寄せたのは、気まずさだ。だって屋上での一件以来、まともな会話をせずに今日にまで至っているのだ。
跡部の言葉に少し救われたけど、それでも直接的な解決はまだ遠くて。手塚と関わることを自然と避けていた。

「いや、俺は」

手塚にしては珍しく言い淀んでいた。その姿が珍しくて思わず、目を瞬かせた。それでも手塚の言葉を引き継ぐまでには至らず。結局はふわりとしたまま沈黙が流れたけど。

漏れ聞こえる、部活を終えた生徒達の声や、蝉の声。それらを聞き流しながら、リョーマはなにかを言おうと決めて、でも思い付かずに止める。を繰り返していた。手塚は手塚で未だに気を遣う視線は健在で。つまりは旗から見てもかなり面倒な空気だったと思う。

実際、色々と敏感な3ー6コンビは探るように、手塚とリョーマの間で視線を動かしていた。

「おチビと手塚って何かあったの?」

菊丸にストレート聞かれて、リョーマは曖昧に首を振った。どうせ否定してもムダだ、と思ったこともあってだ。
でも手塚は
「何も無いが」と完全に否定をしていた。

やっぱり流れた微妙な空気。それでも、手塚と2人きりになるより随分マシだと思うのは、どうなんだろう。
未だに残るわだかまりを跡部さんに話したら、と考えて、なんでそこに行きつくんだろうと首を傾げた。





 ごく普通の学生でも放課後の寄り道にする、単価の安い全国チェーンのハンバーガー店。その店の横に、運転手付きの、無駄に長くて艶のあるリムジンを横付けにするなんて、どう考えても常識はずれだ。
中学生の癖にこの店がどう見ても似合わない高貴な雰囲気を醸し出す跡部は、目の前のハンバーガーとポテト、シェイクのセットに眉を寄せた。

「無駄に身体に悪そうだな」
「文句の前に食べてみなよ」

今日の庶民体験は某ハンバーガーチェーン店だ。
リョーマにとっては今までの体験の中でも最も馴染みがある店。だからあまりに嫌々だとこっちも負けた気がするわけで。
食べる前から文句全開の跡部に向ける視線はキツい。それも当然だ。こんなに嫌がるなんて、心外だから。
チッと舌打ちをして、跡部はポテトを口に運んだ。3本食べて、手が止まったけど。
「尋常じゃないこの塩気の意味はなんだ。要らねぇだろうがこんなに」
「その塩気がいいんじゃん。確かにしょっぱいけど」「お前らの感覚が分からねぇ。ポテトをなめてんのか」
「好きだとしてもポテトに誰もそこまでの期待してないよ」
「だから無駄に塩分を摂取すんのか」
なんだか嘲笑われた気がした。ただのポテトのことで。
「さっきからムダムダって四天王寺の部長みたいだよアンタ」
「ああん?白石と一緒にすんじゃねぇよ」
「たぶん、向こうも同じこと言うよ。一緒にするなって」

ついこの間の夜景をバッグにした会話が嘘のように、軽口を叩き合う。
コレが何故か習慣みたいになっているし、寧ろ面白いから全然いいのだけど、周りは気になるらしい。
リョーマと跡部の席の近くの客達が怪訝そうに、興味深そうに見てくる。
なんでこんなに見られるのか。氷帝の人達にプールで言われた評価を踏まえれば、仲が良いのか悪いのか分からない、と思われてるのかもしれない。
だったら仲が良いなんて絶対に無いから、と言いたい。確かに悪いとも言えないけど。
……やっぱり仲良いのか悪いのか分からないのかもしれない。

「ハンバーガーも安っぽいんだよ」
「実際安いし」

リョーマが平然と返してハンバーガーに噛り付く。と、店内に聞き慣れた
「おチビー!なんでなんで!」
騒がしい、うるさい声が響き渡った。


手からポロリとハンバーガー落ちる。

リョーマは嫌々、声の主を振り返った。

そこにいたのは、やっぱり菊丸と、それから手塚、不二、乾の4人で。
ゲッ。と思わず声を漏らした。
色んな意味でスゴい厄介な組み合わせだ。珍しい上に面倒臭そうな。
なんで今日に限って緩和剤でありストッパーである大石や河村がいないんだと、今は不在の2人を半分逆恨みしかけた。

「何だこの組み合わせは」

他校の跡部でさえそう口にして、戸惑いを見せた。
でも厄介は嫌いだから、同意を口にはしないけど。

「それはこっちの台詞だよ!なんでおチビと跡部が一緒にいるの?」
菊丸が興奮気味に聞く。

リョーマと跡部は顔を見合わせ、どうしたものかと考えた。いつかはバレるかも、と思っていたけど、それが今日だったらしい。
なにも今日じゃなくてもいいのに。只でさえ手塚とは気まずいままなのに。リョーマはため息を吐いた。




跡部とリョーマが一緒にいる理由を一言て片付けるなら、庶民体験においての生徒と講師だが、跡部はそれを知られたくは無いらしい。だとしたら一緒にいる理由を先輩達にどう説明したらいいのか。

うーんと首を捻っていると見兼ねたらしい跡部が口を開いた。

「関係ねぇだろうが」

だけど投げ遣りなそれはどうかと思う。事実、不二は更に怪しんだらしく、乾に
「なにか知ってる?乾」と聞いた。
なんで乾に聞いちゃうんだろう。あれだけのデータを所有する乾なら本当になにかを知っている気がする。こんな心配をしなければいけないなんて、本当に乾とは何者なんだ、と今更眉を寄せた。ムダだけど。

ノートを取り出した乾は、勿体付けて「ふむ」と呟いて跡部とリョーマの顔を伺った。
「最近よく一緒にいるらしいね。目撃情報が多数寄せれてる」

なんで一般人である乾に目撃情報が、と当然の疑問は置いて。
リョーマは本当にどうしよっかとストローを口にしながら思う。
こうなれば、なにかを誤魔化せるほど鈍い人達でも無いし、そもそもバレたならこれ以上誤魔化す理由も分からない。確かにライバル関係で、でもリョーマにしてみればやましいことはしていない。

リョーマは跡部に目を合わせて、どうすればいい?と意味を込めて首を傾げる。すると跡部は戸惑ったように眉を寄せた。なんか、珍しい表情だった。跡部はいつでも余裕があるように振る舞っているから。


そんなリョーマと跡部を見て、なにを勘違いしたのだろう。

「2人は仲良しってこと?」

信じられない、と表情を浮かべた菊丸が呟くように聞いた。


氷帝の人達にしろ、結論がやっぱりそこに行き付くのは不思議だ。
リョーマと跡部は自然と目配せをして、小さく苦笑した。
「仲良くはねぇよ、悪くもねぇけど」

跡部の曖昧な言い回しと、リョーマも同じ意見だ。と言うより跡部も同じことを思っていたらしい。
本当になんなんだろう。この距離感は。仲が良いのか悪いのか分からない関係の人なんて今までいなかった。それは白黒ハッキリさせる性格もあると思うけど、でもやっぱり普通でも特殊な距離感なんだと思う。



訪れた沈黙。不二達がなにを思ったのかは分からないけれど、リョーマにしてみればこうしてよく一緒にいる、仲が良いのか悪いのか、の関係がバレて良かったと、安堵が無い訳でもない。隠しごとは嫌いだし別に隠すことじゃなかったんだから。
まあ、未だに明確な関係の説明にはなってないのだけど。


「座ったらどうッスか?」

ずっとトレーを持って立ったままだった不二達に声を掛けると、不二達からは若干の戸惑いの目。跡部からは僅かに抗議の目を向けられた。
面倒だからそれらを全部無視をしてハンバーガーを齧る。ハンバーガーはフワフワしていて、やっぱり美味しかった。


「……じゃあお邪魔するよ」

真っ先に動いたのは不二だった。元々4人掛けのテーブル席に隣のテーブルをくっ付けると、何故か跡部の隣に座り、リョーマの隣には手塚を座らせた。

隣の席でも手塚とは頑ななまでに視線を合わさなかった。口を開けば色々と面倒だと思ったから、話すことが思い付かなかったからだ。その煽りで視線も合わさなかった。会話も適当に頷くだけで、手塚とは関わらなかった。リョーマも手塚も自らペラペラと話すタイプじゃないし、との考えは甘かった。
それはやっぱり強い、違和感のある光景として、他のみんなに移ったらしい。


「まだやってんのかお前ら」
唯一事情を知る跡部が、呆れたようにため息を吐いた。
その態度がムカついて、跡部をギロリ、と睨み付ける。なんで余計なこと言うんだ。しかもこの微妙な空気の時に。なに考えてんだこの人。不二達までいるのに。


「跡部、何か知ってるの?」
案の定、真っ先に反応した、不二の目が開かれる。ヒヤリ、と空気が冷えた気がした。

「……随分と不機嫌そうだな」
「僕らは事情も知らないのに、なんで君が?」

不二は意外にも、ハッキリとした敵意を向けることがある。分かりやすかったのは弟の敵、とばかりに観月と向き合った時。今はその時のような明確さは無いけれど、それでも跡部に向けられたものは、敵意だと思う。
ただ、なんで敵意を向けたかは分からない。


だけど当の跡部はしっかりとその敵意を受け止めた上で、更に煽るような笑みで挑んだ。

「越前や手塚のことは自分が一番知ってなきゃ、とでも思ってんのか」

今度こそ空気がハッキリと凍った。
なんでこう突っ掛かって行くんだろう。跡部は確かに表向きは傲慢だけど、でも他人の都合を考えない人じゃない。それは、リョーマ自身が身を持って知っている。
何より、リョーマが只でさえ部内の悪い空気には敏感になっていることは、跡部だって分かっている筈なのに。



本当にこれ以上、青学テニス部が気まずくなるのは勘弁して欲しい。
今のリョーマにとって、なにより大切な場所だから。
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