青く凛と

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越前から送られてきた並んで眠る写真を見る度に、自分の醜態に頭を抱えたくなる。容赦ない恥ずかしさに襲われてどうしようもなくなる。
だかそれ以上に厄介なことに、それでも携帯に送られた写真を何度も眺めてしまう。
矛盾した行動と感情に、跡部は今日何度目なのか見当も付かない、溜息を吐きだした。

「跡部様が見たこともない表情を!なんだか素敵」

耳元で囁かれた黄色い声とは程遠い低い声に、跡部は思い切り眉を顰めた。

「なんの真似だ。忍足てめぇ」
「女子が騒いどったからついな」
「何がついだ。確信犯だろうが」

跡部が不機嫌を隠しもせずに言うと、忍足は「すまんすまん」とちっともすまないとは思っていないように言って、跡部の前の席に座った。
今更一緒に食事をすることに文句を唱えるこ気もないが、何故かとてつもなく嫌な予感がして、跡部はさっさと食べ終わろうとメインのビーフを口に入れた。

氷帝学園で出される食事は値段に見合ったいい味だ。それは認めていた筈だが、料理が妙に味気なく感じた。シェフの腕が落ちたか、とイラつくように思ったがその理由ではしっくりこない気がした。
この間越前の家で食べた庶民料理は旨かったのに、とまで思って、まさか庶民に感化されたのかと、溜息を吐く。いくら旨かろうが、目の前の料理の方がプロが作ったもので食材も良いものを揃えているに違いないのに。こんなところに庶民体験の成果が出ているのだとしたら解せない。

思わず跡部自身に舌打ちのひとつでも打ちたくなったところで携帯が振動した。受信したメールはジローからのどうでもいい内容のものだったが、ついでにうっかりまた越前からのメールとそこに添付された写真を開いてしまったものだから始末が悪い。しかもその写真を見た跡部の微妙な表情の変化に目敏くも気がついたのか、忍足から伸びた手が携帯を奪っていった。普段の跡部ならあり得ない油断と失態だ。

「忍足!返しやがれ!」
跡部の訴えも虚しく、携帯を見た忍足は「おぉ」と妙な感嘆の声を漏らして、それから何故か爆笑をし始めた。

身体を震わせて、声を上げて笑う忍足に、跡部は別の意味で震えが止まらない。
「てめえ、忍足」
跡部はスプーンを手にとって忍足の頭を叩いた。コーン!と気持ちの良い音が響いて、忍足の笑いがようやく止まる。
「なにすんねん!跡部!」
「それはこっちのセリフだ!」
「スプーンで人を叩ける神経がわからんわ!……まあでもこっちの神経も」
頭をさすりながらまた笑った忍足から、携帯を強引に奪い返す。
こっちの神経ってどういうことだ。この写真、越前と並んで寝てしまった神経が理解不能だとでも言いたいのかと文句を言おうとしたが、墓穴を掘るだけだと気がついて跡部は頭を抱えた。その反応ひとつをとっても最早ツボらしく、忍足の笑い声がひと際響く。

「いや、恥じる……ことはないで。可愛い……写真やん。俺は好き……やでっっ」

本気で目の前の食べかけの料理をぶっかけてやろうかと思った。それで火傷をしよが知ったことではない。寧ろ自業自得だ。
そこまで考えたものの、他の生徒の視線もあり生徒会長という立場の手前、なんとか留まった。
もう味なんてどうでも良くなった食事を置いて立ち上がると、忍足が「跡部」と笑いを止めて呼んだ。
真剣さを帯びた、けれど柔らかい声とその目に浮かぶ色が、からかいとは離れたことを確認して、一瞬動きを止めてしまった。
「女子達が騒ぐ、百面相のわけはこれやったってことやな」
「ああん?」
何のことだ、と跡部が聞き返すと、忍足は微笑を浮かべて言った。

「良かったな」

何が良かったのか、考えるのが躊躇われて。
考えると異様な結論に辿り着きそうで。

跡部はせめてもの仕返しで忍足に睨みを効かせて「明日の部活はメニュー3倍だ」と吐き捨てた。
忍足は「横暴やな」と肩を竦めて、けれどそれを平然と受け流して「越前によろしく」とヒラヒラ手を振られた。
思い切り負けた気がして舌を打ったが、当然効果は無いらしい。
忍足の楽しげな顔に無性に腹が立って、跡部は早足にカフェテリアを出た。

手に持ったままだった携帯が妙に存在を主張している気がしてポケットに無造作に放り込む。窓から差し込む日差しに目を細めて、そのまま吹き抜けの天井を仰いだ。
本音を言えば、忍足にからかわれて余計に自分の様子がおかしいことを自覚した。
そのおかしさは恐らく忍足の考えた通り越前のせいなのだろうが、忍足の言う「良かったな」なんて評価の方は何故か自覚するのが躊躇われた。それがプライドのせいなのか、それとももっと根深い理由があるのか。
考えるのが億劫で、こんな時はテニスに打ち込んでしまおうとコートへ向かった。
途中でジローでも拾って相手をさせようかとも思ったが、意外と感情に機敏なジローと向き合うのさえ躊躇われて。結局は樺地を相手にさせることにした。

けれど、樺地にでさえ跡部と打ち合った後、妙に心配そうな表情を向けられて驚いた。
繋ぎ合せた単語から分かったのは、「悩んでいるようですがどうかしましたか?」だった。
「心配するようなことは何もねぇ」
跡部がそう言うと、樺地は一応は頷いたが納得には至らなかったようだった。

忍足と樺地の余計な憶測を呼ぶほどだなんて認めたくもなく。跡部はそれを誤魔化すように試合となんら遜色ないサーブを打ちつけた。
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