人造人間とはかせ。
□異星人襲来。
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晴れ時々侵略者。
地球に異星人が襲来した。
それはそれは突然のことだった。
突然降り立った全長20メートルほどの、何本もの触腕を備えた化け物が、都市の中心部に降り立ち、駅前通りのテナントビルを破壊した。
何気なくトップレスで庭に出た出門秀は、異星人がテナントビルに鉄拳を喰らわせる様を見た。
「おおぉぉぉ………」
いろいろなキャパシティを越えてしまってそのくらいしかリアクションができなかった。
テンパった出門は、
「うおおぉぉぉ………」
と言いつつ、普通に洗濯物を取り込み始める。
出門は取り込んだ洗濯物を抱えて縁側から家の中に入ると、
不機嫌そうに自室から出てきたこの家の家主の博士と鉢合わせた。
「なんかあったの?」
博士は首を傾げた。
「博士知らないの?」
逆に秀は尋ね返す。
「知らねえよ」
ぶっきらぼうに博士が答えた。
博士は研究のためなのか、もともと行き過ぎたインドア系なので外に出たくないのか、
ここ数日部屋にこもっていたので十数分前から現在進行形で起こっている異星人襲来も知らないらしい。
博士は異星人を撮影するための報道ヘリやら自衛軍の出撃させたF-15J戦闘機やらの騒音で何かが起きたのだと気付いて出てきたらしい。
「外、外見てよ、博士、すぐ解るから!」
出門が博士の手首を掴むと、
『防災放送です。
謎の生物が暴れているので速やかに駅前通りから離れてください』
という放送が流れた。
「そう、そうなの!!」
「化け物?」
博士は怪訝な顔で出門を押しやって縁側に出た。
サンダルをつっかけて庭に出た博士は出門の予想通り固まった。
「………化け物だなおい」
「言ったじゃん」
「街壊してんじゃん」
「駅からこっちに来たらどうしよっか」
「そうだね、この家じいさんからもらった大切な家だからね」
博士は素っ頓狂なことを言い出す。
「………そうだね、すむとこなくなっちゃうね」
生命の危機より家の心配かよ、と出門は引っかかるも、
面倒くさいのでスルーしておいた。
「つーかさ、うん、どうしよう。
このまま街破壊し始めたらさ、うん、人が死ぬのは構わないけどさ。
息子大丈夫かな」
「………博士子供いるんだ…」
「いるいる」
博士は頷いた。
出門はここ一か月ほど博士と同居しているが、考えてみれば博士のことを知らない。
博士の本名すら知らない。
髪をぐしゃぐしゃと掻き回して博士は苦悩するように腰を落とす。
「息子に死なれたらどうしよう」
「博士、息子さん一緒に暮らしてないよね?」
「元旦那と一緒に暮らしてる」
「はあ」
異星人襲来なんて非常時だというのに博士のプライベートな諸事情が見えてきてしまった。
離婚にまつわるetcなどなど、聞きたいことは山ほどあるが、今は非常時である。
その時、急に電話が鳴りだした。
「ああ、来た」
博士はうっとうしそうにサンダルを脱ぎ散らかして家の中に上り込む。
「え、何が?」
だらしなく転がるサンダルをそろえて出門は博士の後を追う。
追いつくと、博士は電話線のモジュラージャックを引き抜いていた。
「何してんの博士」
「わかってんだよ、あの化け物どうにかしろって電話だよ」
「はあ。
まあ化け物はなんとかしないとだよね」
「なんとかするぞ、出門」
「………は?」
あまりにも当然のように言われ、出門は眉間に縦皺を作った。
博士にとってはその反応の方が予想外らしく、同じように眉間に皺を寄せられる。
どう考えても自分に異星人を退治するようなスキルはない。
お互い無言で顔を突き合わせていたが、時間の無駄なので出門が折れた。
「………あの、無理ですけど」
「大丈夫だ」
「なにを根拠に…」
「この俺の技術だ」
博士は薄っぺらい胸を張った。
それはそれは自信満々に。
基本的に博士は無駄な自信に満ちている。
「でも秀と博士の技術関係なくない?」
「ある」
「…マジで?」
「だってお前俺が作った人造人間だし」
「………」
今は非常時だ。
異星人が襲来して街を破壊しているのだ。
前代未聞の非常時だというのに自分は謎多き同居人のプライベートな部分が垣間見えたり、なんか自分の根底が覆されそうな告白をされている。
こんな無駄なやり取りの間に異星人はターミナルを踏み潰しているのだと二人は知らない。
「でも秀普通の人間じゃない?」
「普通の人間じゃない」
きっぱりと否定された。
「だってお前の右乳首はトマホークミサイル発射ボタンだし左乳首は戦術核発射ボタンだし」
「!?」
秀は思わず自分の乳首を確認する。
人様の乳首なんて拝む機会はそうそうないのでアレだが、どう見ても何の変哲もない普通の乳首だ。
「ほ、ほんとなの!?」
「どれが?」
「乳首も人造人間も…」
「うん」
博士は正直に頷いた。
無慈悲すぎやしないだろうか。
「たってお前一か月より前の記憶ないだろ」
「そ、それは…」
確かに出門には一か月以上前の記憶がない。
気が付いたらこの家の一室にいて、博士がごく普通秀の分の食事を作り、ごく普通にお使いを命じ、ごく普通にその日の研究成果を話されたりしていたので普通かな、とか思っていたがよく考えなくても普通じゃなかった。
生きていく上で必要な基礎知識と住処と食事はあったので記憶なんかなくっていっか、とか思ってたけど、まずそんな自分が普通じゃなかった。
出門が博士の事をよく知らないのもそのせいだ。
気が付いたらこの家にいた出門の前に現れた博士は、自分は博士であり、この家は自分の家であり、お前―――すなわち出門秀もこの家の住人である、とだけ説明して自分の部屋に引きこもった。
その後5日ほど、博士は食事を作る時と風呂に入る時以外は部屋から出てこなかった。
表札を見たので博士の名字は解っているが、博士の名前は知らないし、博士の事も、性格の悪さがうかがえる顔立ちの美人であることと、そこそこ若そうであること、女性であること、小柄なこと、と、外見に関わることくらいしか知らない。
しかも軽く推測が混じるレベルだ。
呆然としつつも出門はこの一か月を思い出して、道理で自分が何も知らないわけだよ、と心の中でツッコんだ。
「な?」
博士は同意を求める。
「ほ、ほんとだよ畜生」
本当にその通りなので出門も同意するしかない。
「博士、秀は人間じゃないってことなの!?」
「人間だよ、人工だけど」
大して期待はしていなかったが案の定博士の返答は人間性を欠いている。
「でも博士、どうして…」
「HBTTの生体ユニットが必要だったから」
出門はくじけそうだった。
「そのHBTTの生体ユニットだから化け物をどうにかしないといけないんですね」
「よく解ったな」
そのいざという時の為に事前に説明しておけよ。
出門は心の底から叫びたかった。
その説明を怠ったせいで非常事態が起こってんのにこのザマだよ。
しかもなにか聞けば聞くほど謎が増えるってなんだよ。
「そのHBTTっていうのは」
自分で聞いておきながら嫌な予感しかしない。
「HumanBeingTypeTank。
つまり人型戦車だな」
「ああ、乗れってこと?
解ったよ、さっさと済まそうよ博士」
出門はやけっぱちになっているが、博士は冷静に首を振った。
「残念だがお前とのマッチングテストが済んでないし、何よりまだ実戦に耐えられると思えない。
お前もHBTT-24ティル・ナ・ノーグもな」
「博士………」
出門にはこんな非常事態なのにあくまでも淡々とした博士が今更ながら凄く見えてきた。
「今回はトマホークで倒そうと思う」
「はい!?」
宣言した博士は出門の右乳首を力いっぱいプッシュした。
同時に博士の所有する東京湾上のミサイル発射施設からトマホークミサイルが白煙を引いて飛んで来る。
「どっかのパトリオットに引っかかんなきゃいいんだけど」
花火でも見るみたいに博士は縁側まで出て空を見上げる。
「ぱ、ぱとりおっと………」
数秒後、博士の懸念などもろともせずに駅前で線路をメッタンメッタンにしている異星人にトマホークミサイルが炸裂したのだった。