短篇集
□天邪鬼
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「本当に土方さんてずるいよね」
ある日の昼下がり。
縁側で休んでいた時、沖田は唐突につぶやいた。
隣に座っていた千鶴は、きょとんとした顔で沖田の方を振り向く。
沖田は天を仰いでいた。
それがなんだか寂しげに見えて、千鶴は少し瞠目した。
「……どうしてですか?」
「だって、千鶴ちゃんを小姓に出来ちゃうんだもん」
予想外の答えに、千鶴は目をしばたたかせた。どうしてそういう話になるのか…
「あ、あの時、私を土方さんの小姓にと推したのは、沖田さんじゃないですか…」
「でもさ、今考えると、惜しいことをしたなあと思うんだよね…。あの時君を、ぼくの小姓にしちゃえばよかったのに、って」
沖田は残念そうに肩を落とし、頭を振った。
そんな沖田に千鶴は、わからない、という目を向けた。
「でも、私を小姓にしたって、沖田さんには何の得もないと思いますけど…」
すると、沖田は満面の笑みを浮かべた。
「そんなことないよ。だって小姓ってことにかこつけて、君にあんなことやこんなことができるじゃない」
とんでもない理論を語る沖田に、千鶴は顔を赤くする。
「ま、待って下さい!いくら小姓だからって、そんな好き勝手なことは…」
「出来るでしょ?だって考えてごらんよ。君は僕らのおかげで生きているんだから、僕らに何をされても文句は言えないでしょ?」
「そ、それは……」
千鶴はそれきり、絶句してしまった。
「それに、実際もう、千鶴ちゃんは土方さんにあんなことやこんなことをされてるで……」
「わー!なんてこと言うんですか!土方さんはそんなことしません。沖田さんと一緒にしないでください!」
千鶴がそう言った時、沖田の眉が微かに揺れた。
「…随分土方さんのことを信用してるんだね。」
「それは…そうですよ…!沖田さんと違って、土方さんは誠実な人です。」
「それじゃまるで僕が誠実じゃない、って言われているように聞こえるんだけど」
「そ、それは……」
千鶴は困ったように口を噤んだ。
彼女は本当に素直で優しい子だと、沖田は心の中で微笑を洩らした。
「まあ、実際土方さんと一緒にされても嬉しくないけどね。僕は僕だし。でも、君が土方さんみたいに誠実な人が好きだって言うなら、ちょっとは土方さんを見習ってみるのも、悪くはないかもしれないな」
そう言った沖田の笑顔はどこかいつもと違うように感じた。
「好きだというか、一般的に、世の女の人は誠実な人が好きだと思うっていう、私なりの見解です…」
「ふうん。じゃあ、千鶴ちゃんはどんな男が好きなの?」
沖田はわざと、千鶴の目を真剣な眼差しで見つめた。
千鶴はドキッとして、体をこわばらせた。
「……そ、それは……」
「それは……?」
グッと沖田の瞳が押し迫る。
「……ひ、秘密です…っ!」
千鶴はそう言って俯いた。
「なんだよ…。教えてくれたっていいじゃない」
沖田は拗ねたような口調で言った。
「……お願いですからこれ以上聞かないでください…」
恥ずかしそうに顔を俯ける千鶴に、沖田は小さく笑った。
「わかったよ。じゃあ、君の好きな男は、僕ってことにしておいてあげる」
「ちょっ…!沖田さん…!」
千鶴は目をまん丸にして、真っ赤な顔を上げた。
本気で困った顔をする千鶴に、沖田はクスッと笑う。
「冗談だよ。…でも、さっきも言ったけど、君を僕の小姓にしちゃえば良かったって思ってるのは本当だよ」
千鶴は眉間にしわを寄せた。
彼はどこまで本気で言っているのかわからない。
きっといつものように、自分をからかって楽しんでいるのだろうと、思った。
千鶴は少し沖田を睨む。
しかし、沖田は動じるどころか、益々楽しそうに笑った。
「…さてと、隊士たちに、剣の稽古でもつけに行こうかな……」
沖田はすくっと立ち上がり、ひょうひょうとした態度で、縁側を後にした。
千鶴は沖田の去った後を見つめて、複雑な気持ちで俯いた。
沖田は廊下を歩きながら一人思う。
(僕だって気づいているよ)
いつも君をからかってばかりだから、君にあまり信用されていないということぐらい。
でも…
(やっぱり、僕はどうしても、素直に君に好意を伝えることが出来ないんだ)
好きだからこそ、
君をいじめたくなってしまう。
だって、からかった時の君の顔が、
とても可愛いから。
可愛いから…
(好きなコほど、いじめたくなってしまうんだ……)
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