桜の巻

□猫と斎藤
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「五郎。ご飯の時間ですよー。」



千鶴が名を呼ぶと“五郎”は千鶴の側へやってきた。


「ニャーオ」


五郎は嬉しそうに鳴き声を上げる。


五郎とは、猫の名前である。


「よしよし。お食べ。」


食べ物を差し出すと、五郎は威勢よく食べ始めた。


しばらく千鶴はそんな五郎を見ていたが、


「千鶴。」


名を呼ばれ、振り返った。


「一さん。」


愛しい人の姿に顔が綻ぶ。


斎藤は少し不機嫌な顔で、その場に立っている。


千鶴はそれに気付き、慌てて立ち上がる。


「お風呂から出たんですね。すぐにご飯にしましょう。」


そしてすぐに茶の間の方へ向っていった。


斎藤は、幸せそうに食べ物にありつく五郎を少し見つめてから、千鶴の後を追った。




――五郎はつい2週間前に斎藤家へやって来た。――


千鶴はいつものように朝ご飯を作っていた。

一さんは、今日仕事が休みのためまだ寝ている。


鍋をかきまぜ、汁をすくって、小皿によそう。そして一口飲んでうん、と頷く。


そんな風に着々と食事の用意をしている時だった。


ドンッ、ガシャッ


後ろの方でものすごい音がして振り返ると、盛り付けを終えていた食べ物の一つが床に落ち、皿が割れていた。


机の上を見ると落とした犯人がいた。


「ニャーオ」


それは猫だった。


「せっかく作ったご飯を…。この…」


千鶴は猫を捕まえようと腕を伸ばす。


すると、猫はひらりと飛んで今度は鍋をひっくり返す。


「キャッ!」


千鶴は思わずよけ、その拍子に、尻もちをついてしまった。


千鶴の悲鳴に驚いたのか、猫はそのまま台所を出て行ってしまった。


その後すぐに、ダダダダッという足音が近づいてきて、ピシャリと戸が開く。


「何奴!」


慌てた形相で斎藤が部屋へかけ込んで来た。よほど急いで来たのか。髪も整えず、着物もはだけている。


部屋の惨状に斎藤は、目を見開いた。

皿は割れ、鍋はひっくり返り、部屋中がぐちゃぐちゃだ。


そして、床に座り込んでいる千鶴が目に飛び込み駆け寄った。


「千鶴!大丈夫か!?」


しゃがみこんで声をかけると。


「大丈夫です。」

と返事があった。


「これは一体、何があったのだ。」

「その…猫が…」

「猫…?」


その時、


バタンッ


どこかから、大きな音が聞こえてきた。


二人は顔を見合わせる。


斎藤は、千鶴の腕を引き、ゆっくりと立ち上がらせる。そして二人は音のした方へ駆けだした。




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