桜の巻

□くちびるこわい
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とある昼下がり。


日々の鍛錬を終え、隊士達は休憩をしていた。



「…なぁなぁ。左之の好物ってなんだ?」



ドカッと床に座った永倉が唐突に質問した。


「あ?なんだよ急に…。」


訝しげな顔をしながら原田は永倉の隣に腰を下ろす。


「いや。別に意味はねえよ。ただ急に聞いてみたくなったもんだからよ…」



「好きなもんか…」


原田は視線を少し天に泳がせる。


「そうだな…俺はぜんざいが好きだな。」


「ぜんざい!?お前、あんな甘ったるいもんが好きなのか?」


「うまいじゃねえか。あのうまさがわからねえなんて、人生損してるぜ?」


「うげえ。やだやだ。」


永倉は顔をしかめる。


「そういうお前はどうなんだよ。何が好きなんだ?」


「え?俺か…?そりゃ決まってんだろ。俺は」


「女、だよな。」


永倉が言葉を次ぐ前に、言葉が飛んできた。


それは、二人の元にやって来た藤堂だった。


「新ぱっつあんが好きな物と言ったら女だろ?」

原田はニヤリと笑った。

「なるほどな。確かにそりゃそうだ。」


藤堂と原田は顔を見合わせて笑った。


「お前らなぁ…」


永倉はばつが悪そうに顔を赤くした。



「何やってんですか?みんなで。」


そこへ沖田と斎藤がやって来た。


「ん?今な、自分の好きな物について話してたんだ。」


原田が説明する。


「へえ。面白そうですね。」


「総司は何が好きなの?」


「僕?僕は金平糖が好きだな。」



「総司も甘いもんが好きなのかよ…」


永倉は渋い顔をして、首を振る。


「斎藤は?」


原田が聞き手に徹していた斎藤に問う。



「そうだな…。俺は高野豆腐が好きだ。」



「一君…渋いなあ…」


「でもそこが一君らしいって言えば一君らしいけど…」


藤堂と沖田は笑う。



「そういやあ、平助は何が好きなんだ?」


まだ好きな物を言っていなかった事に気づき、原田が声を掛ける。


「俺?俺は、寿司が好きなんだ。」


「そうだったのか。なんか、お前はえらくまともだな。」


「べ、別にいいだろ。新ぱっつあんなんか女だもんな。」


「平助っ…!だからそれは…」


「へえ。新八さんはそういう感じね…」



沖田は永倉に白い目を向ける。


「か、勘違いすんな!確かに女は好きだが、そういうんじゃねえ…!俺が好きなのは…」



その時、


バタンッ


突如、部屋の戸が勢いよく開く。


一同は驚いて振り向いた。


そして部屋にサッと人が入り


バタンッ


戸が閉められる。



「土方…さん…?」


藤堂がぽつりと呟く。


そこには血相を変えた土方がいた。



息を切らしており、明らかにいつもの土方らしからぬ様子だった。



「…一体何があったんだ…?」


原田が真剣な顔になり、問う。



すると、


「……か、か、蛙が…」


「蛙?」


一同は目を点にして一斉に言葉を発した。


こくこくと土方は頷く。


「…蛙がどうしたんですか?副長」


斎藤が真剣な顔で聞く。


「…庭の隅に、蛙がいたんだよ…!」


「だから、それがどうしたんですか?」


沖田が呆れたように言う。


すると、土方は憤慨した。


「それがどうしたかだと!?蛙だぞ蛙!あんなもの生き物じゃねえ。」


原田はああ、と手を叩いた。


「そういやあ、土方さん、蛙が苦手なんだっけ。」


「そうだそうだ。昔、飛びつかれてから蛙見るたびに怖い怖いって言ってたっけ。」


「僕も思い出しましたよ。あの土方さんが血相変えて面白いから、何度か土方さんの部屋に蛙を放ったことがあったなあ…」


「てめっ…!あの時の蛙はてめえの仕業だったのか!?」


「あ…ばれちゃいましたね。」


「ばれちゃいましたね、じゃねえ!」


土方は、からかう沖田を追いかける。


「というか、土方さんにも怖いものがあるんだ…」


藤堂が珍しいものでも見るような目で、土方をみる。


土方は沖田を諦め、ドスッと腰を下ろし、ふんぞり返った。


「あたり前だろ。俺をなんだと思ってる。」



沖田がピンと人差し指を立てて言う。



「泣く子も黙る、鬼の副長でしょ。」


「ああ。土方さん程怖いもんはねえからな」


永倉は笑う。


「お前らなぁ…」


土方はため息をつき、額に手を当てた。



「…ったく。お前らだってな、怖い物位あるだろ?」



「…ああ。まぁ確かに…。」


原田が頷く。


「俺は毛虫が怖いな。昔刺されてから、どうも苦手で…」


「あっ!俺も。昔毛虫に刺されてから、怖くってさ…。それとムカデとかもダメだ。」


藤堂は刺された時の事を思い出してか、苦い顔をした。


「俺は…子供が怖い。…どう接して良いのか分からん。」


「おい、斎藤…。それなんか違わないか…?」



永倉が眉をひきつらせる。


「何が違うというのだ。怖い物には変わりないだろう。」


斎藤は大真面目だった。


「まあ、そう言われればそうだな…。俺はな、幽霊が怖い。」


「新ぱっつあん、幽霊なんか信じてるの?」



「当たり前だろ!あのな幽霊ってのは…」



「総司は?お前は何が怖いんだ?」


原田は永倉の反論を遮るようにして沖田に問う。

「おい左之!俺の話はまだ…」


「はいはい。新ぱっつあんの話は俺が聞いてやるから」


藤堂があやすように永倉の方を叩く。


「総司、続けて」


すると、沖田は肩をすくめた。


「僕にはありませんよ。」


「は?」


「だから、僕には怖い物なんてありません。」



聞き返した永倉に、沖田は鼻で笑った。



「な…っ…お前本当に怖いもんがねえのか?」


「はい。怖い物なんてありません」



一同は顔を見合わせる。


沖田はニコニコしていた。


「お前なあ…弱みを握られたくないからって嘘ついてんじゃねえぞ…!」


土方は眉を釣り上げる。


「嘘なんかついてませんよ。…って言ってもみんな信じてくれそうにないなあ…」


沖田は困ったなあというように眉をへの字にした。


「まぁ……強いて言うなら……千鶴ちゃんの唇かな」


「はあ?」


沖田の言葉に、一同は目を点にした。


「だから、僕の怖い物は、千鶴ちゃんの唇です」


「なあ総司…それ本気で言ってるのか…?」


平助は困惑の色を浮かべる。


「うん。僕はいつだって本気だよ。…あー…想像しただけで恐ろしいよ」


沖田はおどけたように体を竦ませる。


そして、怖い、怖い、と言いながら部屋を出て行ってしまった。



部屋に残された一同は、ぽかんと口を開けた。



「……なんだ、アイツは……」


永倉がぽつりと呟く。


それは皆の心中を代弁していた。



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