桜の巻
□花の刺繍
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年の瀬も押し迫る今日この頃。
師走とは言うが、新選組の屯所内も、例に漏れず慌ただしく人々が行き交っている。
年末の大掃除とあって、皆忙しそうにせっせと働いていた。
掃除は自分の本領の発揮どころだと千鶴も張り切って掃除をしていた。
棚の上や襖の縁などの埃をはたき落とし、雑巾で拭いたり箒で掃いたりする。
熱心に掃除をしていると、後ろから、感嘆の声が聞こえて来た。
「へえ。流石は千鶴。手際が良いねえ」
振り向くとそこには掃除道具を手にした原田と藤堂、そして永倉がいた。
「ほんとほんと。新ぱっつあんには見習って欲しいよ」
藤堂は肩をすくめる。
永倉は眉を吊り上げた。
「なんだと?この働き者の新八様に向かって。寧ろお前らが俺や千鶴ちゃんを見習うべきだろ」
腕を組み、鼻を高くして得意げに言う。
原田はそんな永倉に、何言ってやがるとばかりに肩に拳を入れる。
「バーカ。どこかの筋肉馬鹿に物を壊されたとか、部屋を滅茶苦茶にされたと、隊士たちが泣きついて来たぞ!お前のせいで仕事が増えて、迷惑もいいところだ」
「そ、それは…弱っちい造りをしてるのが悪いんだよ!俺のせいじゃねえ!」
ついにはとんでもない理論まで語り始める永倉。
それを見て呆れたように笑う原田と藤堂。
そんな様子を見ながら千鶴は思わず笑ってしまうのだった。
「何をしている」
突然鋭い声が飛んできて千鶴は身を竦めた。
「一君…!」
げっという心の叫びが聞こえて来そうな程に、藤堂は顔をひきつらせた。
そう。その声の主は、斎藤一だった。
「皆が掃除をしているというのに、こんな所で油をうっているのか?」
原田は気まずそうに頭を掻き、永倉はあたふたと身じろいだ。
「ご、ごめんなさい」
千鶴が慌てて頭を下げれば、斎藤はいやとかぶりを振る。
「大方、お前が掃除している所をこの3人が邪魔をしたのだろう」
確かにそれも一理あったので、3人は各々引きつった笑みを作った。
「じゃ、じゃあ俺らはこれで…」
「お互い掃除頑張ろうぜ…」
「じゃあな、千鶴」
永倉、原田、藤堂の3人は逃げるようにその場から退散した。
斎藤は、はあとため息をつく。
しばらく2人きりとなった空間に沈黙が走る。
なんと切り出したら良いのかわからず、千鶴はあれこれと思案を巡らす。
「…斎藤さんは、お掃除捗っていますか?」
思いついたのは無難に大掃除についてのこと。
「…ああ。ぼちぼち、といったところだろうか。掃除の仕方がわからない、という隊士も中にはいて、それの方に手が焼けてな」
普通の口調で返され、千鶴はホッと胸を撫で下ろす。
「そうなんですか?もしかして今まで、新選組では大掃除をしたことが無かったんですか?」
「ああ…。隊務に追われてそれどころではなかったこともあるが、こう男所帯だと、衛生面を気にかける奴が少なかったのだ」
確かにそれはあるかもしれない。
女性の感覚とは違って、男性は細かいところに目がいかないのかもしれない。
現にこの大掃除も、衛生環境が悪く、病人の宝庫だと隊士の一斉診断の時に医師の松本先生に言われ、夏に大掃除をした時に倣い、行うこととなったのだ。
「隊士も増え、今は世も少し落ち着いている。これを機に、一年の汚れを落とすのは良いことだろう」
「はい。そうですね」
千鶴はにっこりと笑った。
「あ…っ…」
その時、千鶴はあることに気づいた。
「斎藤さんの襟巻きが…」
一部分、破れている。
斎藤は視線を襟巻きに落とす。
「ああ…気付かなかった。破れていたのだな」
「私が直しましょうか?」
「いや。針と糸はあるだろうか」
「はい…」
千鶴は一旦自室へ入り、針箱を開け、斎藤に差し出す。
斎藤は襟巻きを取ると、針に糸を通し、破れた所を繕い始めた。
千鶴は瞠目した。
料理といい、裁縫といい…
(斎藤さんて、本当に器用な人だなあ…)
確かな手つきで綺麗に縫い合わせていく。
あっという間に破れた所は綺麗になり、元の襟巻きとなんら変わらなくなった。
斎藤は再び首に布を巻きつける。
「斎藤さんは、本当に器用ですね」
「このぐらい、自分で出来んでどうする」
そうは言っても、恐らくこの新選組の中で、彼ほど上手く裁縫が出来る人がいるのだろうか。
「きっと、出来ない人もいると思いますよ。斎藤さんは凄いです」
心からの讃辞を述べると、心なしか、彼の頬に朱が差したような気がした。
「ところで、襟巻きって、お洒落でしている人とかもいますよね?斎藤さんはいつも真っ白な襟巻きをしていますけど、そういうような襟巻きとかも持っているんですか?」
「いいや。俺は白しか持っていない」
「どうしてですか…?」
「武士たるもの、質素倹約、これが基本だ。洒落る必要などない」
斎藤らしい理由に、千鶴は成る程と思った。
「でもお正月ですし、少しはお洒落をしてみてはどうですか?」
普段は質素にしているから、正月ぐらい少し洒落たって罰はあたるまい。
それに、元旦は、彼の誕生日の筈だ。
「………」
斎藤は何故か、それきり困ったように押し黙ってしまった。
その時だった。
「千鶴ちゃんの言う通りだよ。」
突然、後方から声が飛んできた。
庭先から声をかけたのは、沖田だった。
彼は大きな桶を抱えている。
どうやら、掃除中に通りかかったようだ。
「たまには、お洒落してみても、いいんじゃない?」
沖田はニコニコしながら話す。
「そ、それはそうかもしれんが…」
沖田の言葉に、斎藤は益々困惑の色を見せた。
何をそんなに考えてこんでいるのかわからないが、千鶴はとりあえず、この話は終わりにした方が良さそうだと思った。
「と、とにかく、気が向いたらお洒落してみたらいいですよ」
「……わかった…」
斎藤はそう言って踵を返した。
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