桜の巻

□阿修羅姫
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1.再会の刻


春、桜の舞い散る季節。

ここ、新選組の庭にある桜の木も満開に咲き誇っており、風に揺られながらひらひらと花弁を舞わせている。

頬を掠める花弁に気づき、天を仰いだ青年は、その幻想的な光景にふと足を止めた。いつの間にか、桜の木の下を歩いていた。

こうしてこの桜が咲くのを、何度見て来ただろうか。この新選組に身を置き、幾年が過ぎたのだろうか。

青年は瞑目する。

『……はじめ……』

突如脳裏に、とある光景が浮かび上がる。

『はじめ。こっちにおいでよ。桜、綺麗だよ』

桜吹雪の中、自分を呼ぶ女性が笑う。その人の顔は、桜に霞んではっきりは見えない。
青年はゆっくりと瞼を上げた。

桜を見つめ、1人思う。
――あんたは今、何処で何をしているんだろうか…――



《隊士求む。〇月×日正午より、入隊試験を開始する。》
冬の京の町に、そんな貼り紙が貼られたのは、1ヶ月前のこと。

「この新選組も、随分と仕事が増えてきた。今の隊士の数じゃ、いずれやっていけなくなる。だから、新規に隊士を募集しようと思う」

大広間に幹部達が集められ、土方はこう切り出した。

「トシの言う事には俺も賛成だ。皆はどう思う?」

局長の近藤はニコニコしながら問いかける。

「いいんじゃないですか?人数が増えて、仕事が少しでも楽になるなら万々歳ですし」

沖田も近藤同様に笑顔を見せ、同意を示した。

「ああ。俺も良いと思うぜ」

永倉は同意する。
しかし、原田は顔を曇らせていた。

「そりゃ人手が増えるのはいいかもしれねえが…組織が大きくなると、それだけまた別に問題が出てくるんじゃねえか?」

原田の意見に、土方は腕を組む。

「…確かに一理あるな。恐らく、ここにいる幹部達に一番苦労をかけるかもしれねえが…それでも戦にゃ、兵は多い方がいいだろ?」

土方の言葉に、一同は顔を強ばらせる。

最近、倒幕やら世直しやら、不穏な世相になっていることは間違いなかった。勿論、ここ最近の功労で新選組は幕府から信頼され、雑務が増え、手一杯になっている為というのもあるが、隊士募集には、戦力の増強という意図が大きく割合を占めている。先の戦――長州との戦い――で勝ったとはいえ、痛手を追い、色々と考えさせられた。
それに、この間の事件――伊東派の暗殺事件――によって、名目上、幹部の藤堂を失った。

「…確かにな。この人数は、流石にキツいもんがある」

原田は肩を竦め苦笑した。

「…じゃあ、隊士を募集するって事で異存はないか」

「ああ」

原田は頷く。

「斎藤はどうだ」

それまで、無言を決めていた斎藤に、土方は問う。

「無論、異存はありません」


斎藤はきっぱりとそう言い、土方を見据えた。

「よし。じゃあ決まりだ。入隊試験は1ヶ月後に執り行う」



――かくして、新選組は隊士を募ることとなったのだ…――


そして、入隊試験の日…

「準備は進んでるか」

土方はせわしく往来する隊士の一人を呼び止めて問うた。

隊士は足を止め、土方に向き直る。

「はい。問題なく。多くの希望者が集まっております」

「そうか。わかった」

「は、失礼します」

隊士は一礼し、その場を去っていく。

かつては人斬り集団として、京の人々から忌み嫌われていた新選組も、コツコツと功を重ね、最近では、評判も良くなって来ている。

恐らく、沢山集まっているという希望者も、そのおかげだろう。

土方は1人、内心で誇らしげな気持ちになるのだった。

「副長!」

突然1人の隊士が、慌てた様子でこちらに駆けてきた。

「どうした」

眉を潜めると、

「お、女が…」

「女がどうした」

読めない話になお眉間に皺を寄せる。

「試験を受ける希望者の確認をしていたところ、その中に女がいまして…試験を受けさせろ、と言うのです」

土方は面食らった。

女が、この新選組の入隊試験に…?


「当然、女の身分でふざけるなと追い返そうとしたのですが、なかなかしつこく…ならば、副長に会わせろと言って聞かなくて…」

たいそう困り果てた様子で隊士はそう告げた。

そりゃ、随分凄い女だと土方は苦笑する。

しかし、その時ふと脳裏をある人物の姿が掠める。

(女…?)


そういえば、自分は凄い女を知っている。


「おい…その女の特徴は何だ…」

突然顔色を変えて聞いて来た土方に、隊士は首を傾げる。

「特徴…ですか…?細身で、女にしては少し背は高めで…」

「刀はどっちの腰に差してた」


「刀ですか…?」

何故そんな事を聞くのかと疑問を抱きつつも、女の様子を思い出そうと、頭をひねる。

「確か…ああ、妙なことに、両脇に差してましたね。それで、刀の差し方も知らないのかと、益々不審におも…」

「おい!今すぐその女をここに連れてこい!」

「え…?」

「俺の言葉が聞こえなかったのか!今すぐ女をここに連れてこい!」

急に真顔でまくし立てる土方に、隊士は震え上がり、はいと返事をすると、そそくさとその場をさった。


土方は1人思考を巡らす。

(まさか…あいつなのか…?)

その女が俺が知っている女ならば…

そいつは間違いなく、本物の剣士だ。



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