桜の巻

□阿修羅姫
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しばらくすると先程の隊士が、1人の人物を伴ってこちらへやってきた。

「副長。こいつが例の女です」

そう言われて前に出た女は、頭に被った笠を手で押さえつつ、礼儀正しく頭を下げた。

「あなたが、新選組の副長の土方さんですか?」

笠を深く被っているせいで、女の口許しか見えず、その顔は窺えない。

しかし、女の発した声に、土方は口の端を少し上げた。

この声は、どこか馴染みがあった。

「如何にも」

土方がそう答えると、女も口の端を引き上げた。

「副長さん。この入隊試験は、女人は受けてはならないのですか?」

女の言葉に、土方はふっと笑う。

「いいや。要項にそんなことは書かなかった筈だが」

「副長…!」

2人のやり取りを見ていた隊士が、驚いたように声を上げた。

「なんだ」

「いくら書いていないとは言っても女人を入隊させるなど…」

「おいおい。何を勘違いしてるか知らねえが、まだ入隊させるなんて言ってねえだろ」

「は…?」

「入隊試験を受ける資格はあるが、勿論試験に受からない限り、入隊はさせねえぞ。それが道理ってもんだろ…」

「そ、それは確かにそうですが…」

隊士はまだ納得がいかない顔をしている。

すると、笠を被った女はくるりと振り返る。

「何よ。女だから無理だって思ってるの?」

「い、いえ…!」

女の気迫の籠もった物言いに、隊士は身じろぐ。

土方は、はははと笑い天を仰いだ。

女は土方に向き直り、気に食わない、というように口をへの字に結ぶ。

「…いい加減、笠を外したらどうだ?」

土方の言葉に、女は笠に手を掛けた。

そして素早く笠を取った。
ひとまとめにされた長い髪がさらりと揺れる。

現れた素顔に、土方は瞠目した。

予想はしていたとはいえ、目の前にその人物がいる…それは信じがたい事実だった。

まさか再び、会いまみえることになろうとは…


「…やはり、お前だったか…」

女はニヤリと笑った。

「久しぶりね…」

「ああ。久しぶりだ…」

「…何よ。そんなに変な物でも見るような目で見なくたっていいじゃない。お化けか何かだと思ってる?」

不満そうに顔をしかめる女。

土方は懐かしむように笑う。

「気の強い所も、そういう顔も、本当にあの時のままだな」


「あなたも変わらないわね。嫌らしいその笑顔」

「なんだよ、そりゃ」


土方は苦笑した。


「でも、随分と、いい男になっちゃって…」


「お前こそ。昔に比べたら、十分女に見えるぞ」

「ちょっと…もう、歳三さんたら…!」


女は顔を赤くした。


そんな2人の様子を見ていた隊士は、訳がわからないというように、困惑の表情で立ち尽くしている。

「ところで副長さん。入隊試験、受けさせてくれますよね?」


女は挑戦的な視線を土方に送る。


「ああ。勿論だ」


土方はすぐさま返答した。


「ありがとうございます」


女は頭を下げる。


「おい、こいつを試験会場に連れて行ってやれ」


「は、はいっ…!」


その場に固まっていた隊士は土方の声に我に返ったようにビクリと肩を上げ、女を連れてその場を去った。


(…あいつが…新選組に…)


あの女なら、確実に入隊試験に合格するだろう。

それに、1つ面白い事がある。


(今回の試験官は斎藤だ…)


もし、あの女が斎藤と当たる事になれば…

(斎藤のヤツ、どんな反応をするかな…)


嵐の予感に、土方は1人笑うのだった。





カキィン


甲高い音をたてて、刀が弾き飛ばされる。


「ひ、ひぃ…っ!」


刀を弾かれた男は喉元に突き付けられた真剣を視界に捉え、青ざめた。


「まだまだ修行が足りない。出直して来い…」


「す、すいませんでした…!」


男は慌てて後退りすると、弾かれた刀を拾い上げ逃げるようにその場を去った。


鞘に刀を収め、斎藤はため息をついた。


(どいつもこいつも、骨のない輩ばかりだ…)


恐らく、真剣での戦闘経験のない者ばかりなのだろう。

(ただの道場剣術など、この新選組では何の役にもたたん)


相手を殺す覚悟。

それが剣に見えない者は、この新選組には必要ないのだ。


「次の者」


審判を務める隊士が、次の挑戦者を呼ぶ。


すると、1人の希望者が戦闘の場に入ってきた。

その人物は、笠を被っており、斎藤の前に立つと、頭を下げた。


斎藤は訝しげに眉をひそめた。


(こいつ…女か…?)


細身の体に、やや存在を示す胸の膨らみ。そして周りの男達に比べると低めの身長。


もしや、周りの隊士達が騒いでいた女の入隊希望者とやらだろうか。

(女人の身ながら、この新選組に入隊を希望するとは…。なかなか肝が据わっているな)

斎藤は内心感心の意を抱く。

「構えて」

隊士が合図をする。

斎藤は右腰に差している刀の柄に手をやる。

(しかし、女だからといって、手加減をするつもりはない…!)

腰を低くし、構える。

すると、なんという事だろうか。

相手の女は斎藤と“全く同じ”構えを取ったではないか。

それも、まるきり斎藤と同じ、つまりは左手で刀を握ったのだ。

左利きの剣士はそう多くない。

斎藤は瞠目した。
次いで眉間に皺を寄せた。

「おい。ふざけているのか…?」

女はゆっくりと左右にかぶりを振った。

斎藤は益々怪訝そうに顔をしかめた。

(この女、俺を馬鹿にしているのか?それに…)

「その笠、外したらどうだ?邪魔だろう」

しかし、女はまたも頭を横に振る。

「お前…いい加減に…」
「斎藤」

その時突然、後方から声が飛んできた。

斎藤は言葉を止める。
そして振り返った。

「いいから、そのまま戦ってやれ」

そこには、土方の姿があった。

「しかし…」

それでもまだ納得いかなそうな顔をする斎藤に土方は苦笑する。

「いいから戦ってやれ」
土方の言葉に、斎藤は渋々といった感じで、構え直した。


大きな笠で隠された顔は得体の知れなさをいっそう際立たせている。

唯一見える口許は、不敵な笑みを浮かべており、益々何を考えているのか図りかねない。

「初め!」

隊士が手を挙げる。

しばらく、斎藤は動かずに様子を伺っていたが、相手は一向に動く気配を見せない。

(こいつ…。俺もなめられた物だ。それとも挑発のつもりか…?)

ゆっくりと女の方へ近づいてみる。

それでも女は全く動かない。

(油断しているなら好都合。…その性根を叩き直してやる…!)

斎藤はグッと刀を握る手に力を込めると、一気に間合いを詰め、刀を抜いた。

“居合いの達人”

そう呼ばれる彼の得意戦法だ。


カキンッ

それは一瞬の出来事。

思わぬ形で戦いは決着した。

斎藤の手に痺れるような衝撃が走る。

一本の刀が宙を舞い、そして地面に落ちた。

…一体、何が起こったのか…。

ヒュッ


風切り音がすぐ側で聞こえる。

斎藤は目を下に向けた。

そして瞠目した。


己の喉元に白く煌めく刃が突きつけられている。

(何が…起こった…)


頭が真っ白になる。


「居合い、よ」


女は斎藤の得意とする技で、見事に勝ってみせたのだった。
斎藤が剣を抜く一瞬を見事に捉え、的確に弾き飛ばし、喉元すれすれで刀を止めてみせた。


女の言葉に、斎藤は弾かれたように顔を上げた。

女の顔をみた斎藤は更に目を大きく開き、驚愕した。

――斎藤は、この女を知っていた――

女が頭に乗せていた笠は、いつの間にか、消えていた。


「相手は油断している、性根を叩き直してやろう…」


先程自分が思った言葉を女は口にする。


斎藤の心臓はドクドクと強く脈打つ。


「油断したのはあなたの方よ。弱くなったかしら?」


女はそう言って笑った。

斎藤は何か言おうと開いた口を動かすが、言葉にならない。


女はスッと刀を引き、鞘に収めた。


そして、地面に落ちた笠と、弾かれた斎藤の刀を拾った。

「まだまだ修行が足りない。出直して来い」


女はそう言い、斎藤に刀を突き出した。


「…あんたは…」


掠れた声で、斎藤は言葉を紡いだ。


「……先生…」


――女は、嬉しそうに笑った。――



何年振りの再会だろう。
信じがたい光景に、斎藤は顔を歪めた。



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